熟練工か工長か
フォード・システムには次のような特徴がある。まず、人間がやるべき作業を要素ごとに分解して細分化する。その後、個々の作業ごとに標準作業時間を決める。
標準時間を決めるについてはヘンリー・フォード自らストップウォッチを片手に、熟練工が何秒で作業を完成させるかを計測した。
もっとも、フォードが「熟練工の」作業時間を標準にしたことについて、大野耐一は異論を持ち、トヨタ生産方式では熟練工を基準にはしなかった。
「熟練工の作業時間を標準にしたら、全体にコンベアのスピードを上げなきゃいけない。それではダメだ。標準作業とは誰もがやれるスピードでなくてはいかんのだ」
そこで、トヨタ生産方式では現場の監督者である工長の作業時間を標準にしている。
「監督者は熟練工ではないか?」
そう思う人もいるかもしれない。しかし、工長とはつねにラインにいる人間ではない。野球で言えば現役を終えたコーチの役割だ。コーチは現役選手(熟練工)よりも、実際の作業は遅いのである。
さて、フォード・システムに戻る。作業の種類を分け、それぞれの標準時間を決めたら、それに合わせて現場のラインをレイアウトして、要員を貼りつける。
簡単に言えば次の3要素である。
①作業を単純化、細分化する。
②標準時間を決める。
③ベルトコンベアで作業をつなげる。
ただし、作るものはひとつの車種、T型フォードだけだった。
ラインに配置されたワーカーがやることはコンベアの速度に合わせて単純作業を繰り返すこと。それぞれが熟練である必要はない。非熟練のワーカーが自動車を組み立てることができた。
それまでの自動車組み立ては熟練工が自らの技術を駆使して、1台ずつを仕上げていくものだった。
それが流れ作業に変わったことで、1台を作りあげる時間は大幅に減っている。据え置き式で1台を組み立てていた時には1台あたり完成までに14時間かかったけれど、フォード・システムによる流れ作業に変わったとたん、1時間33分にまで短縮されたのである。
当時、ハイランドパーク工場には7000人以上の組立工がいたが、大半は移民、農村出身者だった。デトロイトにやってきたばかりの者もいて、話す言語の数は50種類以上にもなった。しかし、それでも作業は順調で、不良品の山ができたわけではない。
「同じものを大量に作れば安くなる」
それがフォード・システムの基本コンセプトだ。そして、ベルトコンベアのスピードを上げれば上げるほど1台あたりのコストは安くなる。製造業の経営者にとっては魅力のあるシステムなのだ。
ただ、ワーカーにとってはカネはもらえるけれど、ストレスもあった。あまりに作業を単純化、細分化してしまうと、「車を作った」という達成感がない。仮に1日の仕事が車のネジを15回締めることの繰り返しだとしたら長くは続けていられない。フォード・システムでは作業の区分け方がノーハウだった。あまりに単純化してしまうとワーカーが辞めてしまう。意欲をかきたてながら、かつ、工程を単純化することがマネージャーの仕事だった。
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