後に第5代社長を務める豊田英二は敗戦の年の5月にトヨタ自工の取締役になっている。 創業者の豊田喜一郎は「英二はまだ役員には早すぎる」と反対した。だが、当時、喜一郎に代わって経営の指揮を執っていた副社長の赤井久義が「役員になるのは年齢の問題ではない」と押し切ったのである。

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