自動車を量産する会社を作るとすれば、三井三菱ではない。自分しかいない──。豊田自動織機でエンジニアとして働きながら自動車製造に必要な経験と知識を得た豊田喜一郎は1933年、自動車製作部門を立ち上げた。

 息子の豊田章一郎(現・トヨタ自動車名誉会長)は父親の起業家としての着眼点、現場を大切にするやさしさを指摘している。

(イラスト=五島 聡)
(イラスト=五島 聡)

ナッパ服精神

 「良品廉価の追求だ。父は、トヨタ自動車設立前、『価格は市場で決まる』という考え方のもと、原価低減目標やそのための施策を進めている。ゼネラルモーターズ(GM)やフォードの日本国内での販売価格から詳細に原価を割りだし、市場で戦える必要な生産台数を計算していたのだ。