(イラスト=五島 聡)

 名古屋トヨペットは全国に280あるトヨタ系ディーラー(販売店)のひとつで、トヨペット店52社のなかで、2番目に販売台数が多い。トップの東京トヨペットはトヨタの100パーセント子会社だから、独立した企業ではナンバーワンだ。

販売の異変
名古屋トヨペット社長の小栗一朗は、豊田章男、友山茂樹らとともに販売のカイゼンに取り組んだ(写真=森田 直希)

 現在のトップは小栗一朗。小栗は大学を出てからトヨタに入社し、5年間、勤務した後、1990年に祖父が始めた名古屋トヨペットに戻る。

 98年、トヨタから業務改善支援室室長の豊田章男(現・社長)、係長の友山茂樹(現・専務役員)が名古屋トヨペットにやってきた時、カウンターパートナーだったのが小栗である。

 小栗はなぜ、あの時期に販売店のカイゼンが成果を上げたかを後になって振り返ったことがある。

 「僕がトヨタを退職した90年はバブルは崩壊していましたけれど、車はまだ売れていました。販売店としては売るタマが足りないくらいだったのです。

 異変というか、販売が減り出したのは91年で、翌年、僕はアメリカに留学に行きました。そして、戻ってきた93年になると、名古屋トヨペットのヤードには車があふれていた。大変なことになった、どうしようと思っているうちに当時の豊田室長がカイゼンを始めているというニュースを聞いたんです。

 それで、これは一緒にやるしかないと…。実際にカイゼンに着手するまでには時間がかかりましたけれど」

 トヨタは国内で販売ナンバーワンだった。必然的に工場からは他社よりも多くの車が出てくる。飛ぶように売れている間はいいけれど、いったん、売れ行きが鈍くなってくると、ヤードに滞留する車が増えるのは他社の比ではなかった。

 車は野ざらしだから、雨が降ると、水滴が車体につく。レンズ効果で太陽の光が塗装を変色させることもある。変色がひどくなったら、塗り直さなくてはならない。また、工場からヤードまで配送する間だってリスクがある。タイヤが小石を跳ね飛ばし、積載車に積んだ車に当たることだってある。工場から出た車が不良品になってしまうのである。

 リスクを減らすには作った車を一刻も早く客の家に届けるしかない。時間が短ければ短いほど、客も喜ぶし、売る側にもメリットがある。ただし、それまで、「販売のリードタイム」を短くしようとは誰も提案しなかった。

 できなかったともいえる。考えた人間がいなかったわけではない。トヨタ生産方式の普及に尽力した大野耐一だってやろうと考えた時期があったという。だが、彼がいた時代、トヨタ自工と自販は別会社だったから、内政干渉になるような提案は実現不可能だったのである。

 ではなぜ、豊田章男だけが提案して、実行できたのか。創業家の一員だったからなのか。