(イラスト=五島 聡)

 1991年、トヨタの北米進出が軌道に乗り始めた頃、朝日新聞に「効率経営の弊害」と題した記事が載った。

朝日の批判

 「決められた時間に、必要な品を、必要な数量だけ、業者に納入させるこの方式は、トヨタ自動車が発案し、他の自動車メーカーや流通業界にも広まった。(略)

 だが、この方式は交通渋滞、交通事故、大気汚染などを引き起こしている。時間決め配送や小口の多頻度配送の普及が、交通量を増やしたからだ。

 下請けの部品メーカーが、親企業の指示する納入日や納入時間にふりまわされ、休日がとれないという問題もある。(略)

 現在、効率経営の極致と言われる『ジャスト・イン・タイム方式』が社会に非効率をもたらしているのは、まことに皮肉というほかない」(3月7日 夕刊「効率経営の弊害」=窓・論説委員室から)

 読めば気づくが、現場をちゃんと調べていない記事だとわかる。

 時間決め配送、多頻度小口配送が進んだからイコール交通事故が増えるわけではない。また、当時、物流のカイゼンは進んでいて、それぞれの協力企業が自分のところの部品を共通の配送車に載せるようになっていた。各社がバラバラに配送するようなムダなことはトヨタ生産システムにはあてはまらない。

 ただ、トヨタに部品を納める協力企業はすべて入れると数万社になる。ジャスト・イン・タイムに届けるために、トヨタの工場近くまで来て、待機していた車がなかったわけではないし、その車が渋滞を引き起こしていたこともあった。効率的な物流が数万社のすべてに採用されているかと言えば、そこまで徹底は出来なかったのである。

 記事の反響は大きかった。

 「トヨタは道路を自分のものだと勘違いしている」

 「トヨタが下請けいじめをやった」

 こうしたクレームが入り、世間も記事を正確な事実と思い込んだ。続報として「見直し論高まる『かんばん方式』」という記事も出て、トヨタの立場はますます悪くなっていった。

 自社について広報、宣伝が上手ではなかったこともあり、「トヨタが悪い」と決めつけられることになったのである。

「おい、出かけるぞ」

 そんな中、ある男が動き出した。

 きっかけは高岡工場に行った時のことだ。部品を工場に運び込むトラックの出入りが不規則になっているのに気がついた。

 一般的な会社であれば、納品している取引先への聞き取り調査やアンケートなどを行って状況を把握しようとするところだが、トヨタでは「現地現物」が基本だ。「現場に行って直接、聞いてみよう」と思い立つ。

 その男、豊田章男(現・社長)は生産調査部でともに現場を駆け回っていた後輩の友山茂樹(現・専務役員)に声をかけた。

 「おい、出かけるぞ」

 豊田は家から乗ってきたソアラに友山を乗せると、アクセルをふかして構内から出ていった。

 「あれだ」と呟いたかと思うと、ソアラを加速させ、11トントラックの後にぴたりと付く。トラックの荷台には刈谷通運と書いてあった。

 「この人、いったい何をするんだろう?」

 友山は不思議に思った。

 豊田はトラックの後をつける。どう考えても不審者だ。国道に出たところで、信号は赤になり、前を行くトラックが止まった。

 豊田はサイドブレーキを引いた。

 「あとは頼む」

 「えっ、頼むって。いったい」

 友山がびっくりして、目を大きくしていたら、豊田は運転席から離れて、外に下りた。

 「オレはちょっとドライバーに話を聞いてくる。悪いけど、お前はこの車で付いてきてくれ」

 言い捨てると、道路を走っていって、トラックの助手席側にまわり、ドアが壊れるくらいガンガン叩いた。

 「あの人、あんなことして大丈夫かなあ…」

 友山は心配したけれど、豊田はドアを開けて、そのまま助手席に乗り込んでしまったのである。

 友山は慌ててトラックの後を追った。大学時代は群馬の「走り屋」で知られた男だったから、運転には自信がある。道路上ではぴたりと後ろに付いて、離れなかった。