グリーンメーラー
<b>ブーン・ピケンズはトヨタ向け部品のサプライヤー、小糸製作所の株を手に入れ、トヨタに高値での買い取りを求めたが、トヨタは断固として拒否した</b>(写真=読売新聞/アフロ)
ブーン・ピケンズはトヨタ向け部品のサプライヤー、小糸製作所の株を手に入れ、トヨタに高値での買い取りを求めたが、トヨタは断固として拒否した(写真=読売新聞/アフロ)

 トヨタが理不尽で厄介な事件に巻き込まれたのもその時期だった。トヨタ向け部品のサプライヤー、小糸製作所の株がグリーンメーラー、ブーン・ピケンズの手に渡り、「高値で引き取れ」と圧力がかかったのである。

 ピケンズの後ろで糸を引いていたのはバブル期にAIDSと呼ばれていた4社のうちの1社、麻布自動車である。麻布自動車は小糸製作所の株を所有していたのだが、証券市場で売るよりも小糸製作所の筆頭株主だったトヨタに買い取らせようと画策したのだった。

 マスコミにニュースを流して大きな話題にすればトヨタも株を引き取るだろう。それには麻布自動車の名前よりもアメリカ人を使った方がいい。麻布自動車社長の渡辺喜太郎はそう考えた。

 ピケンズは「麻布自動車から株を買った」と主張したものの、調べてみると、そんな事実はなかった。それでもマスコミはトヨタ対ピケンズという図式で大きく報じたのである。

 会長だった豊田英二は断固として買い取りを拒否した。政治家からの圧力もあったけれど、市場外で株を肩代わりするという筋の通らない決着にノーを貫いたのである(このあたりの事情は『バブル 日本迷走の原点』永野健二著に詳しい)。

 結局、バブルがはじけ、株価が下がったため、ピケンズは退場し、麻布自動車は損をかぶる。

 ピケンズの事件を思い出して、後に英二はこう呟いている。

 「バブルの時代はね、モノを作っておるやつは間が抜けておる、というような言い方が幅を利かせておった」

 「結局、小糸事件にしてもそうだけれど、バブルの時代というのは、やっぱりおかしな時代でしたよ」

トヨタを守れ

 トヨタの北米への進出はおかしな時代に挙行された、まっとうな投資だった。ケンタッキーの人間は今でもトヨタ進出を歓迎し、のちに豊田章男(現・社長)がリコール事件で攻撃された時も敢然と守った。アメリカ人の方が日本人一般よりむしろトヨタ生産方式を評価し、フォード式の代わりになることを体感したと言えよう。

 トヨタ生産方式が世界各国の生産現場で採用されているのは、日本で普及しているからだけではない。同じ方式がアメリカでもちゃんと機能したからだ。海外での成功事例があるから、自動車業界だけでなく、他産業も導入する決断をしたのである。

 北米にトヨタ生産方式を持ち込んだひとり、池渕浩介(元・副会長)は「私たちはアメリカのワーカーを信頼した」と語る。

 「あの頃、ビッグ3の数千人規模の工場には管理職のエンジニアが200人はいました。みんな、ストップウォッチを持って、ワーカーを監視し、作業時間を計っていたのです。そうして、標準時間を決めて、組合に説明してから仕事が始まった。エンジニアは組合に説明するために工場にいるようなもんだった。

 そんな話を(トヨタ生産方式の普及に尽力した)大野(耐一)さんにしたら、『標準時間とか作業手順なんてものはワーカーが自分で決めればいい』と言っていた。

 人間は自由度を与えると、仕事をしたくなるんですよ。トヨタ生産方式は強制ではなく、自由を与えるものです。だから生産性が向上したんです。

 僕らはラインのレイアウトを毎週のように変えました。そうして、流れを作る。でも、ビッグ3はそんなことしません。一度、ラインを引いたら、そのままです。トヨタ生産方式の特徴のひとつでもあるのだけれど、そうしたことにまで言及するメディアは少ない。モノづくりに関わる人たちにはその意義が理解されても、一般の多くの人たちには、あの頃からいままで、ずっと誤解されています」

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