プレス工場を新設

 GMとの合弁工場を作る際、工場設備は既存のフリーモント工場のそれを使ったが、プレス工場だけは新設した。それまでGMはデトロイトの別会社で作ったプレス部品を4000キロも列車輸送していたのである。

 4000キロとは北海道の最北端から香港までの距離に値する。その体制のまま輸送を続けていたら、リードタイム(工程に着手してから完成までの時間)は限りなく長くなってしまう。トヨタ生産方式の精神とはまったく相いれない。

 加えて、プレス部品が後工程のボデーラインに行った時、品質に問題があったとする。すると、直すためにはまた4000キロを輸送しなければならないのである。すぐに検討し直して、プレス工場を作ることにした。

 プレス工場の新設には金がかかったけれど、それがなくてはNUMMIは成り立たなかったろう。なんといってもプレス工場のおかげで、アメリカ人ワーカーのトヨタ生産方式への理解が進んだからだ。彼らは新設されたプレス工場で、プレス型の交換(段取り)を見て、トヨタ生産方式の威力に目を見張ったのである。

<b>NUMMI全景。ここからトヨタ生産方式のアメリカ進出が始まった</b>(写真提供=トヨタ)
NUMMI全景。ここからトヨタ生産方式のアメリカ進出が始まった(写真提供=トヨタ)
シングル段取りに喝采

 鍛造職人の河合満(現・副社長)が言っていたように、鋳造、鍛造、プレス工程では型の交換を短くすることが生産性の向上に結びつく。

 当時、アメリカの自動車会社と全米自動車労働組合(UAW)はプレス型の標準交換時間を2時間と設定していた。一方、トヨタでは、トヨタ生産方式の普及に努めた大野耐一が旗を振って、なんと型の交換を10分以下にしていたのである。

 これを「シングル段取り」と呼ぶ。徹底した作業観察によって工程を見直し、型交換を短くできるように機械の使い方を変えたり、また「外段取り」と言う、準備作業を整えることで成し遂げたカイゼンだった。

 合併が決まってから、GM幹部が高岡工場のプレス工程におけるシングル段取りを見学に来たことがあった。幹部はそれぞれ腕時計を見ながら、「本当に10分以内でできるのか」と興味津々の様子だったが、現場の作業者がいとも簡単にシングル段取りを達成したら、腕時計を見ながら、拍手喝采を送り、口笛を吹く者まで現れた。当時、自動車の生産現場でプレス型の交換を10分以内で行うことは一種の魔術であり、まさに常識破りのことだったのである。

 NUMMIに作ったプレス工場の機械は高岡工場で使っているのと同じだった。「10分なんて絶対に無理だ」と言っていた現場のチームリーダー、ワーカーを日本に呼び、高岡工場の作業を見せたところ、彼らは押し黙ってしまった。結局、彼らもまたアメリカに戻り、NUMMIでもシングル段取りを達成する。

 小ロットでの生産、後工程の引き取り、かんばんの導入などもトヨタ生産方式の特徴だけれど、アメリカ人がまず理解したのはプレス工程でのシングル段取りだった。

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