(イラスト=五島 聡)

 生産調査部ができて、社内の生産現場、協力工場へトヨタ生産方式が浸透していく。アメリカへの進出が決まった頃はすでに生産現場だけではなく、社内のさまざまな部門でも同方式の考え方を生かしたムダの追放が行われるようになった。事務の合理化にも考え方が発揮されたし、昼食時に社員食堂にできる行列をいかにコントロールするかといった点までも効率化をめざす態度が自然に生まれた。

 「トヨタ生産方式はトヨタのDNA」と言われるけれど、自然に無駄を省き、仕事をコントロールするようになったことは、トヨタの創業者、豊田喜一郎の考え方が時間の経過とともに定着した証拠だろう。

船積みをカイゼン

 1984年、トヨタはGMとの合弁会社、ニュー・ユナイテッド・モーター・マニュファクチャリング(NUMMI)を設立し、トヨタ生産方式は北米にできる工場で活用されることになったのだが、すでにそれ以前の段階でもDNAの力が発揮されていた。

NUMMIの開所式には、カリフォルニア州知事やフリーモント市長らが出席した(写真提供=トヨタ)

 それは物流、つまり、アメリカに輸出する車を運ぶ段階で、生産性向上が進められたのである。アメリカに輸出するには太平洋を越えて船で運ばなくてはならない。当初、車を船に積み込む作業は一台ずつクレーンで吊り上げてから一般の貨物船に載せていた。ただし、それではあまりにも時間がかかる。そこで物流管理部が中心となって車両輸送のカイゼンに着手した。

 最初に手をつけたのは一般の貨物船に載せるのをやめて、自動車専用船を調達することである。専用船ならばクレーンを使わずに、自走(ロールオン)して車を搬入できる。

 ただし、専用船の調達は金を出せば済むことではなかった。当時、国内の船舶は過剰で、「これ以上、作ってはいけない」という総量規制があったのである。作りたくても造船できない環境にあった。トヨタは輸送を担当していた日本郵船と川崎汽船と協議し、古い貨物船をスクラップしてもらう代わりに新しく専用船を発注することにした。

 こうして船の調達は済んだ。次は積み込み方法のカイゼンである。

 まず専用船に積み込む台数をさまざまなパターンで計算した。すると、「コロナに換算して一隻あたり5000台を積む」のがもっとも効率がいいことがわかった。それ以上、積み込んでも到着地で車の保管スペースを広げなくてはならない。完成車の在庫が膨らんでしまうのである。積み込み台数の標準化も終わった。

 三番目は現場の作業要領のカイゼンである。専用船にロールオンする場合、自走チームのドライバーはカローラやコロナを運転して船のなかに並べていく。スピードは一定であり、車と車の間の隙間が最小になるように並べる。

 最初のうちは車を並べたドライバーは、船から港のストックヤードまで歩いて戻っていたのだが、それではいかにも時間がかかる。そこで並べ終えたドライバーをワゴン車でピックアップして、港の車の置き場へ戻すことにした。ドライバーをラインの部品に見立てて、流れを作ったのである。

 加えて、搬入する時の車の向きを逆にした。従来のように頭から駐車すると、アメリカに着いた時、現地ドライバーが後進(バック)して車を船から出さなければならない。しかし、現地のドライバーは練度が低く、バックで車を出すと傷をつけることが少なくなかった。下船する時に傷つくと保険料が高くなってしまう。

 そこで、日本側のドライバーは船に乗せる時に、バックで車を進ませ、しかもぴたりと停車させることにした。そうすれば現地ドライバーは前進して搬出することができるから、車が傷つくこともなくなる。

 文字にすると、簡単にできることのようだけれど、5000台をすべてバックで定位置に止めるのはちょっとやそっとで獲得できる運転技術ではない。日本のドライバーは訓練を重ねたからこそ、いとも簡単に並べることができるようになったのである。いまだに、この技術を持っているのは日本の港湾で活躍するドライバーだけだという。