林南八、配属

 生産調査室が発足してから、社内はもちろん、関連会社、そして、そこに品物を納めているお父さん、お母さんがふたりでやっているような小さな協力会社へもトヨタ生産方式を移植していった。協力会社へ派遣された担当員は何人もいるけれど、まずは林南八のケースを見てみよう。

 鍛造部門に18歳の河合満(現・専務役員)が配属されたのと同じ1966年、後に生産調査室主査、技監、取締役となる林南八(現・顧問)が入社した。同年入社だけれど、林は武蔵工業大学(現・東京都市大学)を出ている。トヨタ技能者養成所(現・トヨタ工業学園)から入社した河合よりも4歳、年長の22歳だった。

 林が配属されたのは元町工場機械部技術員室。生産調査室ができる前の「大野学校」と呼ばれたセクションである。現場の困りごとを解決し、生産性を向上させるのが役目だ。

 入社したばかりの林は下っ端の使い走りだった。入社してから林はくり返し、「いかに大野さんが怖い人か」というエピソードを聞かされた。先輩たちは大野、その一番弟子である鈴村喜久男に叱られた経験を声をひそめて語るのだった。

 林は「オレは運がよかった」と安心した。

 「大野さんという人は本社工場で、鈴村さんは上郷のエンジン工場にいる。幸いオレは元町工場だ。ふたりと会うことはない」

ジンギスカンの夜

 元町工場に配属された日の夜、技術員室の先輩たちがジンギスカン鍋を囲む歓迎会を開いてくれた。そこでも話題は大野、鈴村のことばかりである。

 林は話を聞きながら、箸でジンギスカンの羊肉をしっかりと押さえていた。兄弟4人で育ったから、鍋の肉を見ると、反射的に箸で押さえてしまうのである。

 係長がその箸を指さしながら、話しかけてきた。

 「おい、林、誰もお前の肉は取らん。今日は歓迎会だ。好きなだけ食え」

 なんて、いい人たちなんだろう。なんて、和やかな職場なんだろう。この分でいけば大野さん、鈴村さんだって、それほど怖いわけじゃないのでは…。林は「いい部署に配属された」とちょっと嬉しかった。

 ところが翌日、林は出社したとたんに「肉をたくさん食え」と言ってくれたやさしい係長から大声で怒鳴られた。机に座っていたら、「何してるんだ、バカヤロー」と罵声が飛んできたのである。

 「あのう、仕事をしようと…」

 係長は冷たく言い放った。

 「林、オレたちの仕事は現場のカイゼンだ。お前は現場へ行け。机に座るのは10年早い」

一緒に考える

 おそるおそる立ち上がりながら「係長、どこの現場へ行けばいいでしょうか」と訊ねたら、「バカヤロー、お前が自分で探してくるんだ」…。

 仕方がないから、元町工場のなかをうろうろして、やさしそうな顔の作業者を見つけては「あのう、何か困ってることはありませんか?」と聞いた…。

 ところが、現場は忙しい。林のことなど誰もが無視した。「小僧、邪魔だ」と返事をしてくれるのはいい方で、「しっしっ」とまるで野良犬を遠ざけるように追い払われたこともあった。