
「トヨタ生産方式は石油危機で注目された」
同社の資料も含め、そう書いてあるものは多い。しかし実際には、1973年の石油危機の直後に同方式に注目したのは自動車業界と経済マスコミに過ぎなかった。
その後、一般のビジネスマンもかんばん方式という名称を知るに至るのだが、それは決して肯定的な報道からではなかった。「かんばん方式は下請けいじめの道具」という報道から、名称が広まっていったのである。かんばん方式という名称からなかなか実態を推測することができず、誤解した人間の評価が出回ったのである。
「かんばん方式(トヨタ生産方式)は在庫を持たない。ムダを省く」
誤解した人間もここまではわかっていた。しかし、その後の話の持って行き方が違ったのである。たとえば、次のように…。
「かんばん方式は、使い方によって両刃の剣になりかねない。車の組み立てメーカーが下請けメーカーに部品をジャスト・イン・タイムで持ってこいと発注する。下請けはいつどんな注文が来るのか不安なので、つねにいろいろな部品の在庫を抱える。つまり、かんばん方式は在庫を下請けに押しつけるシステムだ」
「かんばん方式は小ロットで下請けに発注する。そのためには下請けは何度もトヨタの工場へトラックを走らせなくてはならない。そうすると、工場の前にトラックの列ができる。トヨタは天下の公道を自分の工場の敷地と勘違いしている」
大新聞、ジャーナリストでさえ、「トヨタのかんばん方式は運用の仕方で下請けをいじめる道具になる」としている。
トヨタ生産方式の普及に尽力してきた大野耐一にしてみれば「彼らはまったく理解していない」としか考えられなかった。
事実、トヨタは協力業者にもちゃんとした運用の仕方を教えるので、協力会社もまたジャスト・イン・タイムで部品を生産するようになるし、また部品の運搬もそれぞれの会社が行うのではなく、物流システムもトヨタの担当が協力会社とともに計画を立てる。運送トラックが工場の門前に列を作ることはない。そんなムダを大野が許すはずがない。
しかし、誤解する人間は増えていった。世間からは大野のもとへ「会いたい」という連絡がいくつもあり、相手によっては、誤解を解くために大野が説明に行かなくてはならなかった。
イトーヨーカドー創業者の伊藤雅俊からも連絡が入った。
「大野さんから、トヨタ生産方式の内容を聞きたい」
伊藤が訪ねてきたので、大野は豊田市の本社で面会した。
伊藤はこう切り出した。

「大野さんの言われるように在庫をゼロにしたら、スーパーでは欠品が出てしまう。すると、お客さんを他の店に奪われてしまいます」
「いいえ違います。伊藤さん。在庫をゼロにとは私は言っていません。必要最小限の在庫は持ってかまわないんです。問題はその在庫の数を増やしてはいけないし、減らしてもいけない。在庫の増減はプラス・マイナス・ゼロを保持する。これが大切なんです」
面と向かって、ちゃんと説明したのだが、伊藤は在庫については納得したものの、すべてをわかった顔つきではなかった。
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