そんなことはしちゃいかんのですよ。芋を植えるのは結構です。しかし、これまた労働だ。賃金を払わなければならん」

 「大野さんの言ってることはむちゃくちゃじゃないですか」

 「なんの。2割減産するのなら、いまの人数から2割を抜いて、2割少なく作る。いつでもそういうことができるような体制を整えてきた。それに、いつかまた増産になるのだから、芋を植えたり、野球をやってる時間はないんです。

 仕事が早く終わったら、なにもしないで、邪魔にならんように仲間の作業をじっと眺めればいいんです。じっと見ていたら、作業にムダがあることに気づく。次の日、自分の作業からムダを省けばいい。これがいちばん金がかからんのです」

 大野が戦後すぐに始めたカイゼンは石油危機の時の減産、増産にうまく対応することができ、日の目を見た。同業者の一部は「トヨタが、かんばんを使った変なことを始めた」とは認識していた。しかし、石油ショックを乗り越えたことで、経済誌が注目し、トヨタのかんばん方式を取り上げるようになったのである。

いきなり海に

 自動車の歴史のなかで排出ガス規制と石油危機への対応は大きな分かれ目となった。日本、ヨーロッパの自動車会社は当初、大きな打撃を受けたけれど、くふうを重ねてなんとか乗り切ることができた。

 5代目社長の豊田英二は「いきなり海にほうり込まれて泳ぎを覚えさせられた」と言ったが、日本、ヨーロッパの自動車会社は苦闘しながらも排気ガスを少なくしていき、さらに車の省エネ性能を高めていった。

<b>第4次中東戦争が引き金となって起きた石油ショックは、トヨタに大きな試練を与えた。しかし、それを乗り越 えるためのくふうが、世界に羽ばたく地力を育てることにつながった</b>(写真=AP/アフロ)
第4次中東戦争が引き金となって起きた石油ショックは、トヨタに大きな試練を与えた。しかし、それを乗り越 えるためのくふうが、世界に羽ばたく地力を育てることにつながった(写真=AP/アフロ)

 一方、東側諸国の自動車会社はこのふたつの問題に対応できなかった。東側諸国の場合は石油危機の後も安い石油を手に入れることができた。産油国であるソ連が原油、天然ガスを従来通りの低価格で同盟国に供給したのである。ソ連は西側諸国があたふたしているのを見て、計画経済がいかに効率がよいかという優位性を見せつけたかったのだろう。

 ところが、原油の価格が上がっていく間に、西側の企業は対応策を取り、体質改善をした。自動車会社に限らず、省エネ技術を追求し、技術革新が進んだのである。英二が言ったように、荒海にほうり込まれ、もがいているうちに泳ぎが上達したといえる。

血の汗

 それに対して東側諸国の企業は原油を安価に潤沢に使えたので、燃費の悪い車を改善する努力を怠り、省エネ技術を確立しようとも考えなかった。そうしているうちに時が経ち、気がついたら、技術格差は決定的になっていたのである。そのため、東ドイツの車、チェコの車などいまではほぼ残っていない。

この記事は会員登録で続きをご覧いただけます

残り1011文字 / 全文文字

【初割・2カ月無料】有料会員の全サービス使い放題…

特集、人気コラムなどすべてのコンテンツが読み放題

ウェビナー【日経ビジネスLIVE】にも参加し放題

日経ビジネス最新号、11年分のバックナンバーが読み放題