(イラスト=五島 聡)

 1973年、第四次中東戦争勃発によって起きた石油危機で自動車会社が苦労したのは、売れなくなった車、仕入れてしまった部品の在庫をどう処理するかだった。また、増産に次ぐ増産で雇ってしまった人員を減産に際して、どう配置するかということもある。

 トヨタがそうした悩みを持たずに済んだのは長年、トヨタ生産方式を整備してきたからだ。石油危機に際して、急な変化に対応できるシステムとしての特徴が鮮明になったと言っていい。

 他社とまったく違ったのは余剰の人員への対処だったろう。

草取りとかガラス拭きとか
トヨタ生産方式の普及に尽力した大野耐一。石油ショックに際しても現場の対応にくふうを重ねた(写真=廣瀬 郁)

 トヨタ生産方式の普及に尽力してきた大野耐一は言った。

 「仕事がないときはじっとしているのがいちばんだ」

 現場には、仕事がなければ何もするな、その場に立って他の作業者の仕事をじっと見ていろと指示したのである。

 

 ただ、この指示を聞いた役員のなかには「大野さん、それはないでしょう」と文句をつけた人間がいた。思えばそれも正論と言える。何もやらずにただ立っているだけの人間に給料を払うのだから…。

 この時、重役室のなかでは大野と他の役員の間で次のような会話が交わされた。

 「大野さん、手が空いているのなら、空き地の草取りをさせるとか、窓ガラスを拭かせるとか…」

 「いや、それをしてはなりません」

 「どうして? だって、やることがないのでしょう?」

 「いいですか、本人が草むしりをしたい、窓を拭きたいというのなら、それはやらせればいい。だが、会社が命令したら、それは仕事です。別に賃金を払わなければならんし、ちゃんとした掃除用具を買わなくてはいけません」

 「では、大野さんはどうしたいのですか?」

 「私はじっとしているのがいいと思ってます」

 「そんなバカな」

仕事が早く終わったら、仲間の作業を眺めればいい。
すると、作業のムダに気づく
眺めていれば気づく

 大野は「いいですか、こういうことなんです」と丁寧に話をし始めた。

 「この間から私たち役員は石油危機の対応について会議ばかりしている。まだ2割の人間が余りそうだから、終業を早めて教育しよう、あるいはスポーツをやらせようという意見がありました。私は反対しました。また、ついこの間は空き地に芋を植えようなんてことを言った人間もおる」

 「うむ。そうでしたかな」

 「だが、どれもダメです。教育するといっても何を教えるんですか? 会社の辞め方を教えるなら結構だ。どんどんやってほしい。しかし、そういうわけにはいかん。

 じゃ、野球でもやらせるかとなったら、バットを買ったり、グローブを買ったりしなければならん。バットとグローブを買った金はカローラの原価にのっかる。すると、カローラの値段を上げなきゃいかん。