(イラスト=五島 聡)

 「最後まで抵抗があったのがプレスと鍛造だった」

 トヨタ生産方式の導入に取り組んだ大野耐一自身がそう漏らしているように、プレス、鍛造現場では物流のムダを減らしても、部品を仕上げる時間を縮めることはできなかった。また、どちらの職場にも頑固な職人が大勢働いていた。標準作業の設定は機械化が進まなくては浸透しなかったのである。

「でも、やってくれ」

 そこで大野が目をつけたのは段取り替えの時間を短くすることだった。プレスでも鍛造でも強度のある鉄製の金型を使って鋼板あるいは棒材を圧迫、打刻して部品にする。

大野耐一は足繁く工場の現場に通い、カイゼンの普及に力を尽くした(写真提供=トヨタ)

 鍛造部品で例えればクラウンのギアとカローラのギアでは形が異なるから、金型を取り換えなくてはならない。戦後すぐの頃、金型の交換には2時間近くかかっていた。大野は交換時間を短縮しろと現場に命じた。

 だが、反応は…。

 当初、現場の管理職、工長は一斉に「無理です」と答えるのだった。

 「無理です。玄人の俺たちがやって、いまの時間なんですから。これ以上は無理ですよ」

 大野は「そうか」と言った後で、でも、やってくれと続けた。

 「できないと言わず、まずやってみろ。突進すれば解決の糸口はある」

 みんな、それぞれに「無茶だ」とこぼしたが、カイゼンが形になるまで、大野は毎日、鍛造工場にやってくる。何かアイデアがないかと問いかける。そして、大野が来られない時は補佐役の鈴村喜久男がやってきた。鈴村が忙しいときは若手が様子を見に来る。

 そうなると、現場は何か提案せざるを得ない。そうして、短縮するための方法論を手探りで探していった。

1時間半を9分に

 鍛造の現場にいた河合満は「鍛造部門のカイゼンでもっとも効果を上げたのは段取り替えの時間を短くすることだった」と言う。

 「段取り替えはいわゆる型を取り換えることです。鍛造は1260度に焼けた鉄を上下から挟んで打つ。何度も叩いているうちに型がダレてくるから修正しなくてはいけない。また、試し打ちをする時間もある。単に型を交換するだけでなく、準備作業に時間がかかる。私たちはそれを2年間かけて、1時間半から9分に縮めたんです。

 まずは型の修正時間を短縮しました。それから試し打ちを少なくするよう、一度でいい品物が出るようにくふうをした。あとは外段取りの準備です。

 F1のレースを見たことあるでしょう? レースカーがピットインしたら、みんなで寄ってたかってタイヤを外して、新しいのに取り換えてコースに戻す。外段取りもあれと要領は一緒。取り換える金型をすべて用意しておく。 そして、外したとたんに換える。

 そして最後はマニュアルの見直し。当時、鍛造現場で使っていたハンマーなどの工作機械はアメリカから買ってきたものだった。フォードが使っていたのと同じ工作機械を輸入したわけです。当時としては世界最新鋭の機械だったけれど、同じ型を大量に打つための機械だった。フォードシステムに合わせたものだから、多品種少量生産のトヨタ生産システムのためのものじゃない。マニュアルを読み込んで、毎日、手順を変えて試し打ちしてみた。そうして時間を短縮した。

 僕らが現場でカイゼンしたことを大野さんたちに見せるんです。でも、大野さんに見せると、『河合くん、これはまだカイゼンしとらんな。カイゼン前だな』と。何度、カイゼンしても、『これはカイゼン前だ』と言われて…。そういうやりとりをしているうちに1時間半が9分になったんだけれど、大野さんは『まだダメだ。カイゼン前だ』…」