前回までのあらすじ

 藤田俊雄率いるスーパーマーケット、フジタヨーシュウ堂は1972年、株式上場を果たす。だが国内では大型スーパー進出に反対する中小の店の声が強まり、共存共栄の道を探ることが課題になっていた。フジタヨーシュウ堂は新しい業態開発に取り組み始める。俊雄の命を受けた大木将史は、部下の水沢秀治とともに米国のレストランチェーン、チャーリーズとの提携交渉のため米国に来ていた。

 アメリカで発達したチェーンビジネスが日本の風土に適合するか──。

 将史が持つ、この疑問は俊雄にも共通していたのだが、俊雄には、貞夫や母とみゑから受け継いできた商人としての現場の知恵がある。それは骨身に沁みついている。それを一つ一つ社員たちに教えて行けば、アメリカ式のチェーンビジネスのノウハウに日本の商人の知恵を反映できると信じていた。

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