前回までのあらすじ

 藤田俊雄が率いるスーパーマーケットチェーン、フジタヨーシュウ堂は着々と出店を進め、売上高100億円を突破する規模へと成長する。躍進の一端を担ったのが、採用や出店、さらに宣伝などで大きな役割を果たした大木将史だった。慎重な性格の俊雄は、物怖じせず挑戦する将史に、自分とは異なるリーダーの資質を見る。一方、小売業界では大型店に対する見方が厳しくなっていた。

 将史が言った誘い文句の中でかつての部下たちの心を捉えた言葉がある。それは「オーナーはうるさくないから。好きに仕事ができるぞ」だった。

 東亜出版販売のような長い歴史の中で作られた会社と違って、フジタヨーシュウ堂のように俊雄というオーナーがいる会社は、一般的にサラリーマンにとって働きにくいと思われている。

 それはオーナーが我がままで理不尽な要求をすることが多いからだ。

 しかし俊雄はそういった類のオーナーではない。我慢強く、部下の意見に耳を傾ける。その意見が正しいか、正しくないかということではなく、どれだけしつこく説得してくるかで、「そこまで言うならやってみたらいい」と消極的賛成をする。ぜひやろうという積極的賛成でないところに、やや不満が残るが、とにもかくにも賛成してくれるのだから、部下としてはやるしかない。

 加えてあれこれ細かく口を出さない。将史は、自分で何もかもやらないと満足しないところがある。だからついついやりすぎになってしまうことがある。

 しかし俊雄は、大まかに自分の考えを口にするだけだ。それが将史にとってはやりやすい。

 結局、将史たち部下は、自分で提案したのだから自分で仕事に追い込まれ、必死にならざるを得ない。そうしているうちに力がついて来た自分に気づく。将史は「社長は人使いが上手い。というか、ずる賢い」と口に出すことがある。いずれにしても「好きに仕事ができるぞ」という将史の言葉に嘘はない。

 将史には心配なことがあった。これだけ自分が誘った者が入社すると、派閥を作る気なのかなどと俊雄に讒言する人間が現れないとも限らないことだ。

 しかしフジタヨーシュウ堂に限っては、世間にはよくある人事の醜い争いや妬みなどとは全く無関係だった。

 成長している企業は人事などという余計なことに頭や気を使わなくてもいい。成長は全てを癒すとはよく言うが、その通りだと将史は思った。俊雄の下で、会社の成長に追いつこうとがむしゃらに働く間に、経営の神髄を理解しつつあったのだ。これが歴史のある出版取次会社に勤務していた将史の実感だった。

 「野田店は、藤代君が中心になってくれました」将史は、左隣に座る藤代に目を遣った。藤代は、何事もないかのように俯いている。「ワンフロアー5000平方メートルの日本最大の規模の店舗として企画しました。野田店の候補地は東武鉄道野田線の愛宕駅の西側でしたが、この辺りは竹藪と畑、そして墓地だったんですよね」

 墓地と言った時、幹部たちから笑いとも嘆きともつかない声が漏れた。

 「本当にこんなところに店を開いて人が来るのかと思いました。古い商店街がありましたが、道路はダンプが頻繁に走り、砂ぼこり、騒音でとても買い物を楽しむ環境ではありません。しかしこれこそ立地創造の象徴店になり得ると確信しました。ここで藤代君に説明を代わってもらいます」

 突然、交代を告げられた藤代は、文字通り目を白黒させ、将史を見上げた。