前回までのあらすじ

  戦争を生き抜いた藤田俊雄は、異父兄の貞夫と母とみゑが営む衣料品店「洋秀堂」(後にヨーシュウ堂と改名)で商人としての修業を積んだ。戦後の復興期の中で、店は業績を伸ばし、衣料品だけでなく食料品も扱う店へと成長を遂げる。だが、そんな中で貞夫が急逝。もう一人の異父兄、正夫は俊雄に貞夫の店から出ていけと迫る。俊雄はヨーシュウ堂の社長となる決意を固めた。

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 俊雄は悩んでいた。

 兄貞夫の死を契機に、昭和33年に株式会社ヨーシュウ堂を設立し、名実ともに社長となった。それから2年、社業は順調だ。店の面積は土地買収によって拡大し、売上高も約3億6000万円にもなった。上野赤福堂、池袋キンケイ堂と並び三堂という名前も定着した。北千住という東京の中心部から外れたところにありながら、わざわざ買い物に足を運んでくれる客も多い。1ダース売って儲けは2枚分という「2枚儲け」、時には商品を売り切っても儲けは箱代だけという「箱儲け」の薄利多売主義に徹したお蔭でヨーシュウ堂には安くていい品があるという評判が浸透したからだ。従業員も40人を超えた。皆、力を合わせてよく働いてくれる。