昭和23年12月、アメリカ国務省、陸軍省は「日本経済安定のための9原則」を発表し、吉田茂首相に実施を命じた。

 9原則とは、「①財政経費の厳重な抑制と均衡財政の早期編成、②徴税の強化徹底、③金融機関の融資の厳重な抑制、④賃金安定の実現、⑤物価統制の強化、⑥貿易為替統制方式の改善強化、⑦輸出の最大限の振興を目標とした物資割当配給制度の改善、⑧すべての重要国産原料と工業製品の生産の拡大、⑨食糧供給制度の効率化」である。

 この9原則を実施に移すためデトロイト銀行頭取ジョセフ・ドッジが昭和24年2月に送りこまれてきた。

 ドッジは、終戦後の西ドイツのインフレ克服に辣腕を振るったことで有名だった。

「いまの日本経済は地に足がつかぬままに、竹馬に乗っているようなものだ。竹馬の一つの足は、アメリカからの援助、もう一つの足は国内的なさまざまな補助金支出機構である。竹馬の足が高すぎると転んで首の骨を折ってしまう。日本経済は竹馬の足を切って、自分の足で経済自立する用意をすべきである」

 有名なドッジの竹馬日本経済論である。

「人の国をさんざん爆撃しておいて、竹馬の足を切れとは、よく言えたものだ」

 俊雄が世話になっている平塚の百貨店「桜屋」社長、谷口裕之は不満顔で新聞を読んでいる。

「なんだか偉い人が来たようですね」

 俊雄は桜屋が仕入れた婦人用ブラウスをヨーシュウ堂に回してもらうために来ていた。

 谷口は、俊雄より20歳ほど上の明治38年生まれ。明治人らしい気骨を湛えた人物で、曲がったことが大嫌いだ。俊雄は、仕入れ先の相談などで知り合いになって以来、谷口を商売の師として尊敬していた。第一の師が貞夫なら、第二、否、第一以上の師と仰ぎ、何かと相談していた。

「ドッジというらしい。かなり厳しく金を絞るようだね。補助金なども絞り、ドルと円の交換比率も統一するそうだ」

「どうなるんでしょうか」

「いわゆるデフレになるな」

 谷口は新聞を置いた。

「ということは景気が悪くなるということでしょうか」

 ヨーシュウ堂は合資会社として出発し、もっと成長しようと頑張っている最中だった。

「単純にそうなるとも限らんさ。今はモノが不足してどんどん高くなっている。金がなく飢え死にする人もいる。デフレにして、少しでもモノと金が近づけば、もっと暮らしは良くなるかもしれない。まあ、そんなことより何があっても驚かんさ。良いモノを求める人はデフレだろうがインフレだろうが関係ない。正しい商売をすればいいんだ」

この記事は会員登録で続きをご覧いただけます

残り3426文字 / 全文文字

【初割】月額プランが3月末まで無料

人気コラムも、特集もすべての記事が読み放題

ウェビナー【日経ビジネスLIVE】にも参加し放題

日経ビジネス最新号、11年分のバックナンバーが読み放題