前回までのあらすじ

 戦時中、特攻隊に配属された藤田俊雄は、敗戦により復員。生き残った者としていかに生きるべきかを考える中で、「商人」の道を志すことを決意し、兄貞夫と母とみゑが営む洋品店で働き始めた。仕入れを任された俊雄は、仕入れた商品を売り切ろうと必死に取り組む。店は売り上げを伸ばし、俊雄らは大きな借金をして広い土地を手に入れ、新しい店づくりに挑んだ。

 昭和23年8月、貞夫を代表社員として合資会社ヨーシュウ堂が発足した。これ以降、意識して「ヨーシュウ堂」とカタカナ表記に変えた。

 店の看板を架け替えた時、貞夫は震えるほど喜びを感じた。カタカナの看板を眺めた時、戦争が終わり、新しい時代が到来したことを実感したのだ。

 社員も増えた。浅草の時代に働いていた社員が戻り、女性社員を含めると10人近くなった。

 住み込みの男性店員や通いの女性店員の躾はとみゑの担当だった。きちんと挨拶すること、店の周囲を徹底して清掃することは躾の基本だった。昼と夜は、とみゑと貞夫の妻菊乃が作った食事を、店員、貞夫、俊雄らで一緒に食べた。

 食前には全員で手を合わせ、食事が頂けることに感謝するのが習わしとなった。

 貞夫、俊雄、そして社員たちは力を合わせ、今日よりも明日が良くなることを信じて力を合わせて働いたのである。店は賑わい、俊雄は目が回るほど忙しく働いていた。商人になっていなければ、味わえない喜びだと感じた。

「俊雄さんはいつも腰が低いね。背が高いんだからそんなに曲げると苦しいだろう」

 商店会の会長、肉屋の岡田利信が真面目な顔で言う。

 俊雄は、人とすれ違うたびに腰を深く曲げた。

「そんなことは気になりません。皆さんがお客様なものですから、自然に頭が下がります」

 俊雄は微笑んだ。

「ははは」岡田は笑い「すっかり商売人になったね。復員してきた時は、どうなるかって心配したけどね」と言った。

「皆さんのお蔭です」

 俊雄は、再び深く頭を下げた。

 世の中は、戦争の傷跡から徐々に回復しつつあるように見えるが、まだまだ途上だった。タケノコ生活という言葉に象徴されるように、家にある価値があるものを金に換えて闇市で食料などを仕入れ、なんとか飢えに耐えていた。

 モノ不足からインフレが猛烈に進行した。配給物資の公定価格と闇価格との間には10倍もの開きがあり、闇市を取り締まるだけでは人々の暮らしを安定させることはできなかった。なんとかインフレを抑えるのだ、これが政府の重要課題になったのである。

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