──一体どこにこんなにも物資があったのだろうか。
驚くとともに興奮が押し寄せる。
俊雄は、押し合い圧し合いする人の波に流されるように歩いて行く。
鍋、釜、茶碗などの台所用品が並んでいる。
「この鍋、穴が開いてるぞ」
客が鍋の底を叩く。
「見通しがいいだろう」
店主は相手にしない。
片方だけの靴、親指のところに穴が開いた地下足袋……。軍用ヘルメット、飯盒、ゲートルなど兵隊が売ったと思われる物もある。なんと位牌まであるではないか。
「お兄さん、柿はどうかね。3個10円だよ」
老女の店主が俊雄に声をかける。
──柿が出回っているのか。
俊雄は、その鮮やかな色に秋の季節を感じた。
この柿も全て田舎の農家からの闇の買い出しで調達されている。
柿を売っているのが、この店の店主とは限らない。ヤクザなどが取り仕切り、買い出し人を使い、仕入れさせ、配下の者たちにこうして販売させているのかもしれないのだ。
柿3個10円が適正価格かどうかも分からない。なにせ米の公定価格は1升が50銭程度だ。しかしそんな価格で売る者はいない。米は、農家で仕入れ闇市で売ると50倍から、時には80倍、90倍にも跳ね上がる。こんな価格でも家の主婦は競って闇商人から買う。野菜も肉も同じだ。不正と知りながら、闇で出回る米や野菜を食べないと飢え死にしてしまう。俊雄がこうして生きているのも闇米や近所の人たちが届けてくれる野菜や肉のお蔭だ。
商品の価格はあって無いようなものだが、とみゑは絶対に必要以上の利益は上げない商売をしている。仕入れ値を公開してもいいと言うくらい仕入れ値に適正、正直な利益を付加して販売している。さらにこの闇市に出ているような粗悪品ではない。いい物を安く売り、利益は客に取ってもらう。商売人はその分、倹約すればいいという考えだ。
また貧しくてお金が無い人には、「お金ができたら払ってね」とメリヤスの肌着を渡している。弱い人、苦労している人を見ると、助けざるを得ない性格だ。
だから信用があり、客ばかりではなく町の人たちにも愛されている。
俊雄は無性に柿を頬張りたくなり、ポケットを探った。コインを掴み、手を広げると、5円しかない。
「5円しかない。これで2個くれないか」
俊雄は老女の店主に掛け合う。
「1個だけならいいよ」
老女の店主は迷惑そうな顔で無慈悲なことを言う。
「そんなことを言わずに頼むよ。季節を感じたいんだ」
俊雄は頼む。
「僕が5円だしますから、3個売ってください」
隣から声がかかった。俊雄が振り向くと、学生服を着た男が、5円を差し出している。
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