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「とにかく悠長なことを言ってないで、これを穿きな。寝巻の上からでいいから」

 貞夫は枕元に畳んであったもんぺを投げた。そして外は寒いからと、貞夫の外出用のコートを手渡した。

「みんなは……」

「叩き起こした。母さんが準備できればすぐに逃げる」

 貞夫の顔は、まるで鬼か夜叉のように険しい。

「でも店が……、店はどうする」

「そんなことを言ってる場合じゃない。とんでもない空襲だよ。もうすぐそこまで火が来ている」

 貞夫は、とみゑが着替え終わるのを確認すると、その手をむんずと掴んだ。

 とみゑは、貞夫に引きずられるように階段を下りる。階下には、貞夫の妻の菊乃がいた。彼女は身重で、服の上からもお腹の膨らみが目立つようになっている。

 住み込みの店員たちも揃っている。

 貞夫は、行李を抱えると、「さあ、行くぞ」と号令をかけた。

「その中に何を詰めたのだい」

 とみゑは行李を指さし、聞いた。

「メリヤスなど、商品を詰めるだけ詰めた。さあ、行くぞ」

 火の手がすぐ近くまで来ている。道路では炎が川のように流れている。炎が、ゆらゆらと迫ってくる。

「焼夷弾の中の油に火がついて川になっていやがる」

 貞夫が憎々し気に呟く。

 大勢の人がその炎が流れる道路を荷車に荷物を積んで逃げ出している。その荷車に炎が飛び、燃えだしている。

 火事と喧嘩は江戸の華と言われた時代から、火事で逃げ出す時は荷車に荷物を載せてはいけないことになっていた。

 関東大震災の際、陸軍の被服品を製造したり貯蔵したりする被服廠の跡地に、荷車に布団や家財道具を積んだ人が多く集まった。

 広い場所で、皆、逃げることができたとほっとしていた。ところが折からの強風で火の粉が飛び、荷車の荷物が燃え出した。

 その炎はたちまち大きくなり、竜巻のような火災旋風が発生した。後の研究によると風速70メートル以上にもなったという。

 避難した人々は炎に焼かれたり、熱風の中で窒息死したりして、なんと約4万人もの犠牲者を出す事態となった。

 その時、隅田川にかかる橋を荷車を引いて逃げようとする人を警官が押しとどめ、それらを川に捨てさせたという話が残っている。そのお蔭で命が助かった人も多い。

 江戸時代から火災の場合は、着の身着のままとりあえず逃げるというのが、教訓として伝わっていたが、関東大震災の際には守られなかった。

 今回の空襲でも、その教訓は守られていない。道は荷車で封鎖されて、なかなか前へ進めない。

日経ビジネス2018年4月30日号 56~59ページより目次