第2次大戦に敗れ、焼け野原と化した日本。苦しみから立ち上がり、豊かになっていく庶民の生活を支えたのが小売業だ。戦後、時代の変遷とともに、業界では、売り場の大型化、多様化、全国展開、さらに新業態の誕生など、凄まじい競争が巻き起こる。“流通革命”と称されるほど激変する業界をけん引し、熱い闘いを繰り広げた男たちのストーリーが、今、幕を開ける。

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 俊雄は東京駅に降り立った。

 兵隊服は汚れ、汗ばんでいる。鼻を近づけると、饐えた臭いがたちどころに鼻孔を刺す。

 戦争が終わり、香川県にあった所属部隊が解散になったのが9月末。今は、10月4日だ。汽車を乗り継ぎ、ようやく東京駅に着いた。

 見上げると、優美な姿を誇ったドーム天井がなくなってしまっている。空襲で投下された焼夷弾で焼け落ちたのだと聞いた。歪んだ鉄骨がまるで蔦のように絡み合い、その間から青空がのぞいている。

 「どけ、どけ」

 荒々しく背中を押される。

 感慨にふけっている最中は、不思議と無音に感じた。心と耳の回線が切れてしまったのかもしれない。

 しかし周囲を見渡すと、自分と同じように薄汚れた兵隊服を着た男たちがひしめいている。皆、配属先や戦地から帰還してきた者たちだ。

 痩せて、目だけが大きく出っ張ったような印象を与える。顔は汚れ、髭も無様に伸びている。

 しかし黄色い歯をむき出しにして笑う顔は、鬱屈も屈託も感じられない完全な安堵感、解放感に溢れている。

 死ななかった。生き残った。たったそれだけが猛烈にうれしい。まさか生きて東京駅に立つことができるとは、誰も想像だにしていなかっただろう。

 「おい、でかいの。タバコ、持っているか?」

 振り向くと小柄だががっしりとした体躯の細い目の男が立っている。

 顎の張った顔だ。不敵で意志が強い印象だ。

 俊雄は背が高い。6尺の大男と言われている。180センチ以上だ。

 だから少し首を折り曲げるようにして、猫背気味に男を見下ろした。

 「タバコは吸いませんので」

 俊雄は申し訳なさそうに言う。

 「そうかい。なら仕方がねぇな」

 男はさほど残念そうではない。