電力需要が伸びた1970年代以降に導入された送電設備に今、老朽化の影が忍び寄る。だが電力各社は、原子力発電所が停止する厳しい状況下、設備刷新に十分な投資ができない。そこで進むのが、AIやセンサーを駆使した点検作業の省力化や低コスト電線の開発だ。
検査時間を目視の300分の1に減らせる
●自走式ロボットと人工知能を使ったメンテナンスシステム
(写真=千葉 大輔)
昨年10月12日、東京都の58万戸の明かりが一斉に消えた。原因は埼玉県にある東京電力の地下送電施設で起きた火災。復旧には約1時間を要した。
送電線の束を覆う絶縁体の破損が原因とみられる。絶縁体は油を含んだ紙。この油に漏電で引火した可能性が高い。
新型の送電線は油を含まない樹脂を絶縁体に用いているが、火災を起こした送電線は設置から35年が経過した旧式だった。6月の点検では異常が見つかっておらず、経済産業省は劣化を見抜けなかった東電を批判。電力各社も緊急点検を行うなど対応に追われた。
日本では1970年代以降に電力需要が急伸したため、送電設備の多くが更新時期を迎えている。そこで今、進んでいるのが、ビッグデータなどを活用した設備の自動点検システムや、低コストで更新できる新型設備の開発だ。
電力中央研究所は、老朽化した架空送電線(鉄塔などで空中に架けた送電線)の点検をロボットとAI(人工知能)で省力化する新技術を開発した。
架空送電線は、落雷によって一部が溶けたり、海水を含んだ風にさらされて腐食したりする。断線を防ぐには、定期的な点検が欠かせない。
これまでは、専門のカメラマンがヘリコプターから送電線をビデオで撮影し、それを検査員が点検していた。変電所間の40km程度の送電線を撮影すると約80分の映像になり、その点検には2人の検査員が10時間もかけていた。
この作業時間を削減するため、同研究所の石野隆一上席研究員は、異常を自動で検知できるシステムを開発した。
送電線の上を自走するロボットでまず、送電線の外観を撮影する(左上の写真)。ロボットには鏡が内蔵されているため、裏側もくまなく撮影できる。ヘリに比べて映像がぶれずに安定する上、近距離から撮影するため送電線の状態を鮮明に写せるという利点がある。
撮影した映像は、独自開発のAIでチェックする。電線の形状を自動で確認し、直線になっていなければ「断線」と判断する。
溶解や腐食を色で検知
送電線は、落雷で溶けると黒くなり、腐食すると白くなる。AIはさらに画像(映像の1コマ1コマ)の明るさを数値化。平均値と比較することで「異常」をあぶり出す。AIが異常を検知したら、その部分を検査員が目視で確認する。
このシステムの導入により、検査員の作業時間はこれまでの10時間から3時間に削減できたという。
だが、これでもまだ不十分だった。「原子力発電所がほとんど動いていない現況は、電力会社にとって非常に厳しい。メンテナンスのコストは極力下げる必要があった」(石野氏)からだ。
検査時間を更に削る上でネックとなっていたのが、「検知エラー」だった。溶けた跡や腐食が無くても、光の加減などで異常と判断されてしまうケースが頻出していたのだ。
そこで石野氏は、1枚の画像の明るさをそのまま数値化するのではなく、画像を400個に分割し、個別に色相などを数値化することにした。
約2000枚の画像それぞれを400に切り分けたデータを取得し、集まったビッグデータをAIの強化学習に使った。その結果、AIは異常を100%検知できるようになった上、4時間の映像をたった5分でチェックできるようになったという。単純な目視に比べて300倍以上も高速化できたことになる。
火災を引き起こした東電も従前から、設備の老朽化対策を模索してきた。現在、取り組んでいるのは、地下送電線が通るトンネルの点検をセンサーで自動化する手法の開発だ。これまでは、専門技師がハンマーでたたいて音を聞くなどして、損傷の原因となるトンネル内のひずみを検知していた。
東電が目を付けたのが、大阪大学の関谷毅教授が開発したシート型の脳波センサーだ。額に貼るだけで脳周辺の微弱な電位差を検知し、スマートフォン(スマホ)で確認できる。医療の心得がなくても使用できるIoT(モノのインターネット)製品として発売を目指す。
通常の脳波センサーは、複数の電極を備えたヘルメットのようなセンサーとコンピューターから成る。電極を付ける位置は、ノイズが入るのを防ぐため医者が細かく指定。さらに検知を邪魔する汗などを拭き取り、特殊なペーストを塗ってから付ける必要があった。
一方のシート型センサーでは、多数のセンサーが特殊な導電性ゲルの中に埋め込まれている。ゲルが表面の水分を一定に保つため、検知する電位差にノイズが入りにくいという。
東電はこのセンサーをトンネルのコンクリートに応用する。トンネルにシートを壁紙のように貼り、その中に10m程度の間隔でセンサーを埋め込み、コンクリートのひび割れやその前兆となる内部のひずみを検知する。
ひずみが生じると表面の電位差も変化するため検知できる。数百マイクロ(マイクロは100万分の1)メートルのわずかなひずみも判別できるという。
今年に入り、東電は実際の地下送電設備で実証実験を開始。電位差とひずみの相関関係を解明するためのデータを積み重ねていく。2020年には、東電の管内にある地下約488kmのトンネルで実地運用を始めていく。地下設備で有用性が実証されれば、屋外設備への適用も検討していく。
今後の課題は耐久性。「コストを大幅に削減するにはコンクリートよりも寿命の長いセンサーにしたい。50~70年は稼働するのが理想だ」(関谷教授)。関谷教授は腐食しやすい金属ではなく、炭素などを電極に用いたセンサーの開発を進めているという。
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