(前編から読む)
シリコンバレー最強の投資家、ベン・ホロウィッツ氏の著書『
HARD THINGS』は、資金難、株価急落、レイオフなど自身の壮絶すぎる体験を描き、日本でも多くの起業家、経営者、ビジネスパーソンから大きな支持を得ています。シリコンバレーでフェイスブック、エアビーアンドビーなど急成長を遂げた起業家たちにアドバイスを与えてきたホロウィッツ氏に、日本でも注目のスタートアップ、マネーフォワードCEOの辻庸介氏が、どうしたら偉大な経営者になれるのか、立派な会社をつくれるのか率直に聞き出します。
辻:あなたはシリコンバレーの起業家としても、ベンチャーキャピタリストとしても、大成功したCEOを大勢見てきていますよね。フェイスブックのマーク・ザッカーバーグのような傑出したCEOは、他のリーダーとどこがどう違うのでしょうか?
ホロウィッツ:ザッカーバーグも初めから世界最高のCEOの一人だったわけじゃありませんよ。昔、私はザッカーバーグにこう相談されたことがあります。
「経営幹部を解雇しなければならないかもしれない。実はこれで三度目になる。取締役会の信頼を失うんじゃないかと心配しているんだ」
ベン・ホロウィッツ
シリコンバレーのベンチャーキャピタル、アンドリーセン・ホロウィッツの共同創業者兼ゼネラルパートナー。投資先には、エアビーアンドビー、ギットハブ、フェイスブック、ツイッターなどがある。著書に『HARD THINGS』(日経BP社)。(写真:的野弘路、以下同)
私はこう答えました。
「マーク、そんなことを心配する必要はない。間違った人間を採用していたのなら、解雇するのが取締役会の義務だ」
間違った人物を採用したのはミスですが、そのまま解雇しないのは会社の利益に対して、さらに深刻なミスとなります。ともかく、最初のころのザッカーバーグもそんな具合でした。
辻:ザッカーバーグも、最初から偉大なリーダーというわけではなかったということですか?
ホロウィッツ:フェイスブックはユーザーが1億人になったあたりで、成長が完全にストップしてしまったんです。その理由について詳しくは触れませんが、「このあたりの規模がソーシャルメディアの限界なんだ」など、いろいろ言われました。しかし、当時大きな問題だったのは、ユーザーがフェイスブックにログインするのに10秒近くかかっていたことでした。ユーザーはこれにうんざりしていたんです。
私はマーク(ザッカーバーグ)にそのことを指摘したんです。結局フェイスブックは、新しいエンジニアチームに対処させて、この問題を克服しました。1億人が日々使っているデータベースを改良するのは大変なことです。それでもザッカーバーグは、この高いハードルも乗り越えたんですよ。
失敗を通して学ぶことは誰にでもできる
辻庸介
マネーフォワード代表取締役社長CEO。2001年京都大学農学部卒業、2011年ペンシルバニア大学ウォートン校MBA修了。ソニー株式会社、マネックス証券株式会社を経て、2012年株式会社マネーフォワード設立。
辻:つまり、CEOも学んで成長できるということですか?
ホロウィッツ:誰だって、最初からすごい能力を発揮できるものではありません。たとえば新しい職に就いたら、状況を理解するのに時間が必要です。2カ月くらいはかかるものですよね。一定の時間はかかるんです。それに、会社というのはそれぞれ独特です。マーク・ザッカーバーグはフェイスブックのCEOとしてこの上なく優秀ですが、彼がまったく別種の会社でも同じように優れた経営ができたかどうかは別の話です。
CEOになったばかりのときは、知らないことばかりで、いったいどうやって経営ができるのだろうかと恐ろしくなるかもしれません。それでも、学ぶことはできます。非常に辛い経験を通して、学ぶことになるかもしれませんが。
ベン・ホロウィッツ氏が序文を書いた『HIGH OUTPUT MANAGEMENT』(アンドリュー・S・グローブ著)
その点でインテルの元CEO、アンディ・グローブが書いた『HIGH OUTPUT MANAGEMENT』は、CEOにとってすばらしい教科書です。私はCEOになった当時、この本を繰り返し読みました。それでも、たくさんの失敗を避けられませんでした。状況はいつも急速に変化していて、予測できないことばかり起きたのです。
辻:『HIGH OUTPUT MANAGEMENT』は、私も繰り返し読みました。1対1の面談(ワン・オン・ワン)や社員とのコミュニケーションの重要性など、これほど具体的に経営の核心を教えてくれる本は初めてでした。
ホロウィッツ:アンディ・グローブを知らない者はシリコンバレーにはいません。危機にあったインテルを立て直して、現在のような巨大企業にしたのですから、もちろん伝説的経営者です。しかしこの本は1983年に書かれたものの、その後長く埋もれた状態にありました。あなたが言うとおり、1対1の面談の重要性など、実際に経営に当たったものでなければ知り得ない指摘が満載されている本なのですが。
「いい仕事をした」と感じたことは一度もない
辻:私は先日、起業経験のある年長の友人から、アドバイスを受けました。経営者にとって一番重要なのは「続けること、やり抜くこと」だというのです。
ホロウィッツ:すばらしいアドバイスです。読んで得られる知識には限界があります。日本のサムライにしても相撲の力士にしてもその生き方は、単なる知識で伝わらないことが多くあります。繰り返し、繰り返し、身をもってやり抜くことで得られる経験が大事なんだと思います。長い時間がかかるかもしれませんが。
辻:そうした高いモチベーションを長期間、20年、30年と持ち続けるにどうしたらいいのでしょう?
ホロウィッツ:正直、私にもそれはわかりません。経営というのは特に難しい仕事で、「うまくいった」と思うことはほとんどないものです。いつも「これは失敗だった」「あれはこうするべきだった」と思うことの連続です。日々、失敗から学び、もっといいやり方を考えることの繰り返しなのでしょう。
実際、私がCEOだったときも「いい仕事をした」と感じたことは一度もありませんでした。しかし、こういうことはあります。当時会社で働いていた人に会うと「あの頃が一番充実した毎日だった」と言ってくれるのです。どうしてなのか、実は私には見当がつきません。でも、全力を尽くしていればそういうこともあるのでしょう。
もちろん当時は誰も私のところに来て「ベン、いい仕事をしているね」とか「君はすばらしいCEOだね」なんて褒めてくれませんでしたけどね(笑)
行動につながる「文化」をつくれ
辻:私は自分の会社をゆくゆくはソニーなどのような立派な会社にしたいという野心があります。そこでソニーやグーグルのような偉大な企業はどのようにして生まれるのか、そのためにCEOに必要な資質などについてお考えがあったら聞かせてください。
ホロウィッツ:これも簡単な質問ではありませんね。重要な要素の一つは企業文化だと思っています。コーポレート・カルチャーといえばなにか曖昧な概念に聞こえます。しかし企業文化というのは、会社の理念だとか使命だというような表層的なものとは実はあまり関係ない。むしろ会社における社員一人ひとりの日々の行動の質に関係します。仕事の正確性――たとえば期日を守る、求められる品質を守るといった行動が表れてくるような何かですね。
辻:どうしたら、すばらしい企業文化を新たに作れるものでしょうか?
ホロウィッツ:新しい企業文化を作りたい場合、これは非常に意識的にやらねばなりません。たとえば……私は武士道をよく取り上げます。常に死を意識せよというのは偉大な思想だと思います。こうした強くはっきりした考え方は、企業文化の一つの柱となり得るでしょう。
人は普段、自分はなぜここにいるのか、死とは何かなどについて考えない。しかしもし今日が人生の最後の日だったらどうするか? これが自分のやる最後の仕事になるのだったらどうやるだろうか? そういう意識を持つことは日々の行動に非常に強いインパクトを与えるでしょう。その中から企業文化が生まれるかもしれません。
辻:企業文化の良い例があれば、具体的に教えてもらえませんか?
ホロウィッツ:アマゾンは優れた企業文化を作り上げたと思います。アマゾンでは社員のデスクにドアの板に脚を取り付けたものを使っています。今のアマゾンの規模なら、単に普通のオフィス用デスクを買ったほうが経済的であるに決まってます。
しかしドアのデスクは、全社員に強いメッセージを送っているのです。「われわれは顧客から得た収入を1セントたりとも無駄にしない」というのがメッセージです。これがアマゾンの企業文化なんだと思います。アマゾンの社員は出社してドアのデスクに座るたびにそのことを肝に銘じるわけです。こういうメッセージはライバル企業との違いを際立たせる効果もあります。
結局、言ったことより、やったこと
辻:私たちの会社のモットーは、「ユーザーフォーカス」「テクノロジードリブン」そして「フェアネス(公正さ)」です。
ホロウィッツ:その場合、社員がつねにフェアであるために、あなたの会社はどんな方法を取っていますか? 対外的な取引、サービスの内容などとは別に、個々の社員が日々の活動で――つまりなんらかの意思決定をするたびに「これはフェアだろうか?」と自問して「イエス」と答えられるような企業文化を作る方法ということです。
辻:私たちは活動のあらゆる段階でフェアネスを求めています。ただある時点ではユーザーの利益をまず考える必要があり、また別の場面では株主の利益を考える必要があります。社会にとって何が利益になるのかということも自問しています。ただそれらのバランスをいかに取るか、これがとても難しい場合があります。
ホロウィッツ:それは重要な点ですね。フェアであるためにどんなプログラムを作っていますか? つまり社員全員に心底までフェアネスを徹底させることを目指すプログラムということですが。
辻:プログラムというほど個別的ではありませんが、会社としてのルールをいくつか持っています。ただそのあたりは私もまだまだHARD THNGSをトレーニング中です。
ホロウィッツ:すばらしい。結局会社の価値というのは実際にどういう行動をするかです。「何を言うか」より、「何をするか」が大事です。企業の価値も企業がどんな行動したかで最終的に決まってくるでしょう。健闘を祈ります。
それは「神の前でのフェアネス」なのか
この対談は後半になると、経営の立場でなければ経験しない問題が提起されてさらに真剣味を増した。辻氏が「企業はフェアネスをいかに確保すべきか」を話題にすると、ホロウィッツ氏が即座に、「あなたの会社はどんな方法を取っていますか?」と鋭く尋ね返したのが印象的だった。
ホロウィッツ氏はソフトな語り口の温厚な紳士だが同時に鋭い反射神経と激しい性格のファイターでもある。『HARD THINGS』の冒頭では若い頃、兄に乱暴を働いた相手に間髪を入れず飛びかかった話が出て来る。さらに「プロボクサーは後ろに下がるときに必ず後ろ足から下がる。前足を浮かせればその瞬間に無防備になる」という一節もあった。しかし「フェアネス」に関する問題ではホロウィッツ氏の性格以上に日米文化の差も感じた。
推測にすぎないが、「フェアネスは他社、社会、社員などでそれぞれ矛盾する場合があるが、どのようにバランスを取るべきか?」が辻氏の質問のポイントだったような気がする。しかしホロウィッツ氏には「フェアネス」は誰に対するものであろうとあくまで一つなのかもしれない。リンカーンのゲティスバーグ演説は「人間の平等を守る戦いだったことをアメリカに認識させた」というのもそうした文脈から考えるべきなのだろう。いわば「神の前でのフェアネス」のようなものかもしれない。
日本では単に企業のあり方だけでなく文化の全体が相対主義的だ。さまざまな場面でそれぞれ最適解を求める傾向がある。しかしそうした個別の最適解が相互に矛盾する場合が出てくる。インターネット化、モバイル化の進展で日本社会の単一化が進むとこうした矛盾が目立ちやすくなる可能性がある。一方でホロウィッツ氏のように「フェアネスはただ一つ」という考え方は個別の場面で強い抵抗に直面するかもしれない。もちろん両氏の真意とは別の私の感想にすぎないが、そういったことも考えさせられた対談だった。
(滑川 海彦)
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