辻庸介(以下、辻):あなたの著書、『HARD THINGS』はほかに類を見ないリアルなレッスンでした。感情的な反応かもしれませんが、読んでいたら経営者としての自分自身の辛い経験が思い出されて、一気に読めなかったくらいです。

シリコンバレーのベンチャーキャピタル、アンドリーセン・ホロウィッツの共同創業者兼ゼネラルパートナー。投資先には、エアビーアンドビー、ギットハブ、フェイスブック、ツイッターなどがある。著書に『HARD THINGS』(日経BP社)。(写真:的野弘路、以下同)
ベン・ホロウィッツ(以下、ホロウィッツ):少し怖いことを書きすぎたでしょうか(笑)。しかし感情的になるというのは、すごく重要なポイントです。経営には論理的な要素と情緒的、感情的な要素がある。このうち、論理的な要素は非常に複雑な場合もありますが、多かれ少なかれ解くことができます。しかし情緒的要素は、はるかに対処が難しいものなんです。そうした情緒的な問題のむずかしさを実体験から伝えられるのではないかと思ったわけです。
そもそも起業後に、何もかもうまく行っているとか、すべてがグレートだなんてことは、めったにないんです。自分自身を振り返ってみても、バカげたミスをたくさんしている。今は起業する人々が非常に増え、私はベンチャーキャピタリストという立場なので、起業家にアドバイスすることも多くあります。そこで起業家が少しでもミスを減らせるように、自分の経験から何か伝えられるのではないかと思ったのです。
一番難しいのは「正直であり続けること」

マネーフォワード代表取締役社長CEO。2001年京都大学農学部卒業、2011年ペンシルバニア大学ウォートン校MBA修了。 ソニー株式会社、マネックス証券株式会社を経て、2012年株式会社マネーフォワード設立。
辻:私も経営に携わってみて、すべてがうまくいくことなんてないんだなと痛感しています。その中で、経営者にとって最も難しいことは何でしょうか?
ホロウィッツ:CEOとして一番困難なのは「正直さ」を保つことです。大勢の人に「完全に正直な人を知っているか?」と尋ねてみてください。誰も「イエス」とは答えません。正直であることがなぜ難しいかといえば、人はみな自分が聞きたいことを聞くと喜ぶものだからです。そこで、自然と、相手が喜びそうなことばかり語るようになる。もちろん不用意に真実を語るのが危険な場合もあります。しかし本当の危機にあっては、人は正直でなければ信頼を得られないのです。
辻:『HARD THINGS』の中では、もっとも困難な状況の一つとして、レイオフを挙げていましたね。レイオフのときも正直であれと書かれていました。
ホロウィッツ:会社の経営が行き詰まり、社員をどうしてもレイオフせざるを得なくなったら、CEOはそのとおり正直に伝える必要があります。その際に重要なのは、この事態はCEOの責任であり、CEOの判断の誤りから生じたのだと認め、そう語ることです。
辻:正直さが信頼を得る方法なんですね?
ホロウィッツ:ひとつの例をお話しましょう。リンカーンが南北戦争の終結直前に、ゲティスバーグで演説したことは有名です。これはたいへん短い演説で、読み上げるとわずか2分程度の分量しかありません。南北戦争は、アメリカ史上もっとも激しく被害も大きい戦いでした。しかし当時の人々の南北戦争に対する認識は政治的、経済的なものだったんです。
ところがリンカーンは、ゲティスバーグで「この戦争は『すべての人々は平等に創られている』という神聖な理念を守るための戦いだった」と述べました。これによって「自分たちは何のために命を賭けたのか」ということに対する認識が、根本的に改められたのです。
レイオフの話にしては大げさだと思うかもしれませんが、決してそんなことはありません。レイオフされる側に立てば、人生の一大事なんです。CEOの判断の誤りが、自分自身のレイオフという事態を招いたのであれば、それをCEOがはっきり認めねばならないのです。経営上の判断の誤りは十分にまずいことですが、うそをついて社員の信頼を失ったら、それはもっと取り返しがつかないことになるのです。

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