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「自分で考える」組織に

 腕時計を家電量販店で売るなどのひらめきで、新たな販路を開拓してきた「カリスマ」の和雄前会長は、誰もが認めるリーダーシップを発揮していた。方向性を示して「やり方は任せてくれる面もあった」(矢澤執行役員)が、ワンマン経営とみられる言動も多かった。

 一部の管理職は和雄前会長のトップダウンに頼り切り、ともすれば「無思考」に陥っていた。「亡くなって3カ月以上たっているのに、判断基準を尋ねると『会長が言っていたから』と平気で言う幹部がいる」。和宏社長は苦笑する。

 自分たちで考える組織にする──。和宏社長は、「会長」の言葉を引き合いに出されるたびに「自分で考えなさい」と諭している。組織を大きく変えたのも、社員一人ひとりが自分の頭で考え、動くようにするためだ。

45年続けたCESへの出展をやめることを決めた

 4兄弟時代から続く伝統の破壊もいとわない。カシオは19年、45年間続けていた米国の家電見本市「CES」への出展を取りやめる。年初に新戦略を披露する檜舞台として和雄前会長がこだわってきたが、今のカシオにとって実利に乏しいからだ。

 和宏社長は、「時計と関数電卓で稼げている間に組織を整え、次の柱を作る」と話す。実際、売り上げの半分以上を占める時計事業は今も好調だ。そして組織改革こそが、時計事業の収益力を押し上げると考える。

 「開発部門を一体化したことで、時計以外の仕事をしていた技術者を、スマートウオッチの開発に参加させられるようになった」。時計事業の統括と開発本部長を兼務する増田裕一専務はこう語る。

 カシオは今、G-SHOCKの耐久性を持つスマートウオッチの開発を進める。外装や部品の細部までこだわり、落としても壊れないG-SHOCKに、通信などの機能を載せるのは簡単ではない。時計の専門家だけでなく、カシオの総力を挙げて開発する必要がある。

 創業4兄弟がトップに君臨し続けた結果、カリスマなしでは機能しなくなっていたカシオ。今後も驚きのある製品を作り続けるために、和宏社長はあらゆる社員の行動原理を抜本的に変えようとしている。

INTERVIEW
樫尾和宏社長に聞く
社員全員で「第二の創業」を実現する
(写真=村田 和聡)

 カシオ計算機は2017年6月に設立60周年を迎えました。これから先の60年を新たに作っていくために、今のカシオを自分なりに見直し、17年から本腰を入れて改革に乗り出しました。

 カシオは電卓から始まり、電子楽器やデジタルカメラ、G-SHOCKなど世の中に存在しなかった全く新しい商品を作り、流通に乗せて、市場を創出してきました。それが会社の文化として定着しています。

 ですが、時代は変わっています。「すごいモノ」を作って、流通にばらまけば売れる時代ではありません。今ある事業はこのままで勝っていけるのか。勝てない事業は、やり方を変える必要があるんじゃないかと検証しました。その結果、コンパクトデジカメだけは展望が描けなかった。それで18年5月に撤退しました。

 コンパクトデジカメ市場はほぼ消滅しましたが、車載用や街頭などでカメラの台数自体は増えています。実は撤退を決めた後、カシオのカメラや画像変換技術を使いたいという協業の話がどんどん入ってきているんです。その一例として、中国の華為技術(ファーウェイ)のスマートフォンに、当社の画像変換技術が入るようになりました。

 ​課題は事業だけではありません。それほど大きな企業でないにもかかわらず、「大企業病」に陥っていた点も見直す必要があります。事業部の縦割りが強く、全社の力を生かせていませんでした。

 開発本部を作ることで、技術の横展開を活発化させ、そこから全く新しい製品が出ることを期待しています。生産本部の設置により、電子ピアノ生産の自動化など、徐々に結果が出てきています。

 今まで採算意識がほとんどなかった本社スタッフや営業部門にも、全体の効率化を考えて自ら変わるよう求めています。惰性のように続けていた「CES」への出展をやめたのは遅いくらい。コスト削減が目的ではなく、もっと効果が見込める分野に経費を最適化しなければなりません。

 社長に就任して感じたのは、会社全体を見ているのが、私しかいないということです。創業4兄弟がいた時は、研究部門への目くばせなど各自が役割を分担していましたが、これからは違います。「第二の創業」ともいえる今、社員全員が会社全体を見られるようにして、創業家出身の私が社長を退いても、会社が回る仕組みを整える。これが自分の仕事です。(談)