そうした業界慣習の中でもまれてきたヒロセ電機は短納期・少量生産のノウハウを磨き上げてきた。顧客の要求が厳しければ厳しいほど、応えられる競合メーカーも少なくなる。短納期であろうと、どんなに少量であろうとも、対応してきたからこそ、ヒロセ電機はコネクター一筋で高収益を生み出せてきた。

 一関工場や宮古工場(岩手県宮古市)、郡山工場(福島県郡山市)の3つの国内工場なくして「すぐやる文化」は実現できなかった。3工場は自動化率が高く、人手も最小限にしか配置しない生産ラインを構築している。製造設備をコネクターの種類ごとに簡単に入れ替えられるようにしており、ラインで作る製品の切り替えも容易。最速2時間で、別のコネクターを作り始めることが可能という。

 ヒロセ電機が他メーカーと異なるのは、この生産ラインを協力工場にそのまま設置することだ。自社工場では新製品や新規顧客向けの試作・少量生産に徹し、量産は外部の協力工場に任せる。こうすれば、試作段階でも量産段階でも顧客の求めにすぐに応じる体制が作りやすくなる。需要の変動にも機敏に対応でき、設備投資を分担することで、固定費の圧縮にもつながる。

待望の基幹部品での受注

 ヒロセ電機の「すぐやる文化」は今年、自動車分野で待望の基幹部品での受注を呼び込んだ。

 車載用リチウムイオン電池世界大手の中国の寧徳時代新能源科技(CATL)がヒロセ電機のコネクターを導入すると決めたのだ。中国政府がEV化を推し進める中国市場のみならず、欧州メーカー向けにドイツにも工場を作るなど急成長中のCATL。最初の接点は2016年にさかのぼる。

 新規顧客開拓の一環で、営業担当者が中国・福建省にあるCATLを訪問。広大な敷地に巨大電池工場を持ち、開発拠点も構えるCATLの潜在力を感じ取った担当者が本格的に営業攻勢をかけることにした。同社の電池で使うコネクターの仕様を聞き出すためにCATLの工場に通いつめること数十回。ようやく聞き出したのは、「コネクターの強度は保ちつつ、より薄く、より小さくしてほしい」というものだった。

 EVの航続距離を延ばすには電池の容量を増やせば済むが、車内のスペースの限界もある。少しでも大きい電池を積み込むには、コネクターの薄型化・小型化が欠かせない。しかし、EVの走行時は振動もあるし、電池は発熱しやすい。薄く小さくしながら耐熱・耐振動性を保つのは至難の業だ。

 ここで生きたのが、冒頭にも紹介した自動車分野の“秘密部隊”「ASP室」が先行開発していた薄型コネクターだ。EVでの搭載をにらみ、高熱や振動にも耐えられるものをすでに製品化していた。これをベースにCATLの細かな要件を満たすようにした。

 もっとも、ヒロセ電機が一定要件をクリアすると、CATL側はさらなる薄型化を求めてくる。こういう時こそ、「すぐやる文化」の底力が出る。開発部門と工場が一体となって、要求を満たすコネクターを素早く試作。CATLの開発部門の信頼を勝ち取ったヒロセ電機は最終的にはCATLの電池ユニットの形状も変えてもらい、薄型で強度の高いコネクターを完成させた。

 CATLは当初、複数社と商談を進めていたようだが、あまりにも厳しい要求に耐え切れず、次々に脱落。17年の初め、唯一最後まで残ったのがヒロセ電機だった。

 コネクターの量産もわずかな猶予しか与えられなかった。ここでも持ち前の「すぐやる文化」で対応する。安全性や品質に目配りしながら、受注から6カ月後の量産という自動車業界では異例の「短期立ち上げ」に成功。18年春からは大幅な量産に入った。CATLは車載用電池の世界市場で急速に存在感を高めており、軌道に乗れば、ヒロセ電機の収益にも大きく貢献しそうだ。

 もちろん、ヒロセ電機はこれで満足しているわけではない。同社が自動車向けで注力するのは電池向けに加え、電子制御の要となるインバーターや、駆動システムとなるパワートレイン向けのコネクターだ。

 自動車向けのコネクターでは、車内に張り詰めるワイヤハーネス(組み電線)をつなぐ大型コネクターや、電源系ですでに市場が確立しているが、前者ではスイス社が強く、後者でも矢崎総業や住友電装といったワイヤハーネス大手が先行している。

<span class="fontBold">ヒロセ電機の「すぐやる文化」を支える「一貫生産方式」を用いた製造ラインの一例。工程ごとの機器の組み合わせが柔軟にできる仕掛けになっている</span>
ヒロセ電機の「すぐやる文化」を支える「一貫生産方式」を用いた製造ラインの一例。工程ごとの機器の組み合わせが柔軟にできる仕掛けになっている

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