ヒロセ電機にしてみれば、抜けにくい構造のコネクターを作るのはお手の物。商機を早速、つかんだと思ったが、新参者ゆえの壁にぶつかる。自動車メーカー側の要望を聞き出しても、業界特有の用語が多く、さっぱり分からないのだ。
例えば「040」。コネクターの幅を示しており、1インチの40%、つまりは0.4インチ幅ということになる。他にも営業をかける部品は自動車メーカーごとに定められた耐久性などの試験項目を事前に満たしておくべきだが、取引実績のない同社は項目やテストの仕方も分からなかった。
当時の担当者だった大塚節雄市場開拓担当参事は、「なんでこんなことも知らないのと何度もあきれられた」と苦笑する。それでも一つひとつ教えを請いながら、「アンテナが抜けにくいコネクター」を95年ごろに製品化。自動車メーカーに入り込む一歩を踏み出した。
岡野広明・自動車事業部長は、「『走る・曲がる・止まる』という自動車の基本機能以外の部品だったから参入しやすかった」と振り返る。まずは他業界でも実績のある領域をベースにしたから自動車業界の顧客を獲得することにつながったわけだ。
自動車用のアンテナはラジオの電波を拾うだけでなく、その後、テレビ、自動車電話、ETC(自動料金収受システム)の電波も受信する役割が求められるようになった。GPS(全地球測位システム)アンテナが必要となるカーナビゲーションシステムなどでも、コネクターの受注機会は広がった。今後、コネクテッドカー(つながる車)が本格的に普及するようになれば、アンテナ向けのコネクターの需要がさらに膨らむのは確実だ。
●ヒロセ電機が自動車産業へ参入した順番


「ご近所」に知恵あり
ただし、自動車の基本機能の分野にもかかわるようにならなければ、自動車向けを収益の柱に据えることはできない。安全基準が格段に厳しい領域をどう開拓するか。知恵を求めたのは意外にも身近な「ご近所」だった。
98年に参入した自動車のヘッドライトに使うHID(高輝度放電)ランプ向けのソケット型コネクター。それまでのハロゲンランプより明るく、視認性が高くなるとして置き換わりつつあるのを機に、ヒロセ電機は自動車用ランプ分野への進出をもくろんだ。
だが、消えると事故につながる恐れがあるのがランプ。当然、自動車メーカーは強度などの試験項目を細かく規定し、厳しい基準をクリアするように求めてくる。大塚氏の脳裏に浮かんだのが、同社の一関工場(岩手県一関市)の2つとなりの敷地に工場を構えていた大手自動車メーカー系の部品メーカーだった。「わらにもすがる思いで、教えを請いにいった」(大塚氏)
飛び込みの訪問者とはいえ、そこは「ご近所」の間柄。この部品メーカーから、自動車メーカーが新規部品を採用する際のテスト項目や試験手順などを教えてもらった。不具合時にはすぐに自動車メーカーの工場に駆けつけて改善案を提示するといった「お作法」も学んだ。
もう一つ、ヒロセ電機が自動車業界の顧客層を開拓できた大きな理由がある。これまでの通信業界やスマホ業界などで磨いてきた「すぐやる文化」(石井社長)だ。一般的に電子機器の開発では接続部であるコネクターの設計は後回しにされがちだ。コネクターメーカーに注文が来るころには、製品の発売日がすぐ先に迫っていることもある。しかも、新製品では少量の受注にとどまることも多い。
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