「おいしい菓子は人を幸せにする」と語るマスダックの増田文治社長(写真=室川 イサオ)

 納入後も同社の機械が顧客の工場で稼働を続けるには、きちんとメンテナンスすることが欠かせない。菓子は繊細なので、製造現場の環境が少し変わっただけで、味や生地の弾力などに影響が出やすい。微調整が不可欠なため、マスダックでは、社員が顧客の工場に入り込んで、理想通りの菓子が出来上がるまで張り付いて調整する。

 おいしい菓子を実現するためなら妥協しない──。そんな姿勢が菓子メーカーに支持され、受注を伸ばしてきた。「まず菓子ありき。それが経営理念だ」(増田社長)。これは創業期の体験も影響している。50年代、菓子はまだぜいたく品。製造した菓子を近所の人に配ると、目を輝かせて喜んでくれた。「おいしい菓子は人を幸せにする。菓子の発展に貢献しよう」。そんな思いが会社全体に浸透していった。

 おいしい菓子づくりへのこだわりと顧客志向は、マスダックが2本目の柱となる事業に乗り出すきっかけにもなった。それが74年にスタートさせた菓子の製造受託事業だ。冒頭の東京ばな奈も、実はマスダックの工場で生産されている。

 もともとは機械の特徴を分かりやすく説明するために菓子を製造して配布していた。それが評判を呼び、「こんなにおいしいなら、菓子そのものを製造して納入してほしい」と要望されたことをきっかけに、製造を受託するようになった。今やマスダックの売り上げの半分は製造受託事業によるものだ。

 ただ、こうした国内の菓子メーカーと一蓮托生の事業モデルが危機をもたらしたこともあった。90年代後半、バブル崩壊に端を発した景気低迷で業績が悪化した菓子メーカーが、設備投資を控えるようになったのだ。99年3月期の売り上げは77億円ほどだったが、2001年3月期には50億円と激減。社内でリストラを断行しながらも、大口顧客との関係強化に努め、メンテナンスや機械の改良を提案し、なんとか売上高の減少をカバーしていった。

 成熟した国内市場に依存すると再び危機が到来しかねない。そう痛切に感じた増田社長が、突破口として目を付けたのが海外だ。「海外は国内よりはるかに菓子市場が大きい。ここに打ってでない手はないと考えた」(増田社長)

36カ国に製品を納入

 ただ、海外の菓子メーカーに無名の機械メーカーが売り込んでも相手にされるはずがない。そこで思いついたのが、海外で支持されそうな菓子を独自開発し、「その菓子を製造できる機械」として売り込む手法だ。試行錯誤の末、どら焼きのあんの代わりにチョコレートやクリームを挟む商品を開発し、機械と共にアピールすることを決めた。

 02年、フランスのパリで開催された製菓機械などの展示会に満を持して出展。チョコ入りのどら焼きを自社の機械で作り、「サンドイッチ・パンケーキ」として配布した。すると会場で人気になって受注が相次ぎ、ドイツ、ロシア、ポーランドなど欧州を中心に36カ国に製品の納入が決まった。

 受注拡大に伴い、マスダックは04年にオランダに現地法人を設立。09年には機械の現地生産も開始した。機械の操作パネルを多言語に対応させるなど工夫。海外でも「売りっぱなし」にはせず、アフターサービスにも力を入れる。 最近は新興国の開拓も急ぐ。トルコではミルククリーム入りのどら焼きが「ミルクバーガー」としてブームになった。経済成長が著しいアジアでの事業展開も本格化させている。

 マスダックの売上高は120億~130億円で推移。機械事業の海外売上高の比率は約2割で、増田社長は満足していない。世界が認めるおいしい菓子を作る機械で、海外開拓を加速し、成長の壁を破ろうとする。