マツモトキヨシなどを抑えてドラッグストア首位に立つウエルシアが事業モデルの変革を急ぐ。郊外型から都市型立地へと乗り出し、小売業界の王者セブンイレブンなどコンビニの弱点を突く。ウエルシアがけん引する形で、ドラッグストアの市場規模はさらに拡大し、コンビニに肉薄する可能性もある。
(日経ビジネス2018年8月20日号より転載)
都心のオフィス街にある24時間営業の神田小川町店。コンビニと同様のサービスを提供(写真=竹井 俊晴)
7月下旬の平日、正午を過ぎたころから、東京都千代田区のオフィス街にあるガラス張りの店に続々と客が入っていく。入り口の近くには、ペットボトル入りの飲料が並び、2台のワゴンには弁当類が30食ほど積まれていた。セルフサービスのいれたてコーヒーのマシンや銀行のATMもある。そして24時間営業だ。ほとんどコンビニエンスストアの機能を満たしているが、最大の違いは、店頭に掲げられた「薬」という大きな表示。大衆薬だけでなく、病院からの処方箋も受け付ける。
昼休みに訪れた20代の会社員の女性は、「弁当もあるし、日焼け止めなどコスメも充実していて便利」と話した。
この店を経営するウエルシアホールディングス(HD)は2017年度の売上高が6953億円。ツルハホールディングスの追い上げをかわして、2期連続で業界首位を守った。関東を中心に、28都府県で1747店舗(18年5月末時点)を展開する。
そんなドラッグストア最大手が今、ビジネスモデルの大転換に挑んでいる。
埼玉県が発祥のウエルシアはこれまで主にロードサイドなどに、600~1000m2程度の広い売り場を備える郊外型店舗を運営してきた。
だが最近、冒頭の神田小川町店のような小型の店舗を都市部に積極的に出し始めた。今後、人口減少が加速することを見越し、人口の厚い都市部でも店舗網を広げる必要があるとの判断だ。
都市部で最も存在感のある小売業といえばコンビニだ。ウエルシアとは企業規模も圧倒的な差がある。セブン-イレブン・ジャパンの17年度のチェーン全体の売上高は4兆6781億円、店舗数は2万260店。それぞれウエルシアのおよそ7倍、12倍という規模だ。
過去5年で業界勢力図は塗り替わった
●ドラッグストアチェーンの売上高順位
注:ドラッグストアを主要事業に持つ上場企業の連結決算を比較した。ウエルシアHDは2012年度は8月期、17年度は2月期。スギHDは2月期、サンドラッグ、マツキヨHD、ココカラファインは3月期、ツルハHD、コスモス薬品は5月期
コンビニが小売業の王者であるのは間違いないが、それでも弱点はある。ウエルシアは3つの弱点を巧みに突く。
時給は2割以上も高く
1つ目は価格だ。都内の住宅密集地にある板橋赤塚店。平日の昼下がりに、子連れの主婦や中高年の女性客が集まっていたのは、店の奥にある食品コーナーだ。もともとドラッグストアは、トイレットペーパーなど日用雑貨の安値販売には定評があるが、ウエルシアは食品を低価格販売することで、コンビニやスーパーから顧客を奪っている。
近隣のオリジン東秀の店舗から仕入れる弁当(左)。コーヒーマシンも設置(右)(写真=竹井 俊晴)
納豆3パック85円、卵10個入り138円なども安いが、ナショナルブランド商品で見ると、コンビニとの価格差は明らかだ。例えば、伊藤園「お~いお茶」のペットボトル入り飲料は、ウエルシアが78円(525ミリリットル)だったのに対して、近隣のセブンイレブンは120円(600ミリリットル)。明治のラクトアイス「エッセル スーパーカップ」はウエルシアが108円で、セブンイレブンでは130円だった。
コンビニの2つ目の弱みは、人員の確保だ。パート・アルバイトを集めにくいのは、多くの小売業に共通する悩みではあるが、特にコンビニは各店舗を運営するのがFC(フランチャイズチェーン)加盟店であるという点が不利な要素となる。それぞれの加盟店は経営体力がさほど強くはなく、損益ギリギリで運営しているところもある。バイト募集にかける経費や時給の設定などにも限界がある。
ウエルシア板橋赤塚店の近くにあるセブンイレブン。ウエルシアからの低価格攻勢を受ける(写真=的野 弘路)
ドラッグストアを“コンビニ化”
●ウエルシアHDが提供する主な商品とサービス
コンビニと共通する商品・サービス
- 24時間営業
- 弁当・総菜
- 日配食品(牛乳、卵、納豆・豆腐、ハム・ソーセージなど)
- いれたてコーヒー
- 酒
- 菓子
- 日用品・文具
- 無料のイートインスペース
- 公共料金の支払い
- 銀行ATM
- 宅配便の受け取り
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その点、ウエルシアは直営店である強みを発揮しやすい。例えば、24時間営業のウエルシア板橋赤塚店の深夜帯の時給は1513円。すぐそばにあるセブンイレブンが約1200円であるのに比べて2割以上も高い。コンビニより売り場が広く、夜間も4~5人で運営するため、女性でも安心して働ける。「近隣に住む主婦が子どもを寝かしつけた後で勤務するというケースも珍しくない」(同店の尾原亮店長)
食品の品ぞろえと安さはスーパーに遜色ない。板橋赤塚店は夜間も混雑(写真=的野 弘路)
薬と化粧品が“安売りの原資”
食品を格安で販売したり、アルバイトを高い時給で雇ったりできるのは、コンビニにはない医薬品を高い利益率で販売できるという強みがあるからだ。ウエルシアの品目別の売上高粗利益率を見ると、大衆薬と処方箋調剤がともに40%弱と極めて高い。そして見逃せないのが、化粧品も33%という安定した粗利率があることだ。中高年女性をターゲットとした、1万円前後の高価格の化粧品も珍しくない。薬と化粧品を合わせて、売上高の5割強を占める。こうした盤石な収益源があるから、その他の雑貨や食品は「集客商材」と割り切って、大胆な安売りができるのだ。
M&Aを軸に増収増益続ける
●ウエルシアホールディングスの業績推移と主な出来事
*=決算期の変更のため6カ月分の連結業績
粗利率が20%の食品は、集客のために重要だが、もともと事業の主軸ではないので、極言すれば商品によっては「利益度外視」で売っても経営の屋台骨は揺るがない。ここがコンビニやスーパーと大きく違う。
コンビニの3つ目の弱点は、超高齢社会への対応が不十分な点だ。対照的に、ウエルシアは全店舗の約7割に当たる1183店舗で処方箋調剤の機能を備え、業界でも先行している。併せて栄養士の採用に力を入れており、高齢者が健康相談できる「かかりつけ薬局」の役割を担う。ドラッグストア業界では24時間営業は珍しいが、ウエルシアではすでに145店舗に上り、今後、全店舗の2割を目標に拡大する。
24時間営業は住民の信頼を得るだけでなく、売り上げにも貢献する。都市型店舗の神田小川町店は、1日に来店する客数のうち約20%は深夜帯に来店するという。
「ウエルシアは食品や深夜営業の拡充により来店頻度を高め、処方箋調剤を備えて固定客を増やした。それにより、他企業に先駆けて、人口1万人程度の小商圏でも採算が取りやすくなっている」。いちよし経済研究所の柳平孝主任研究員はそう分析する。
小商圏でも商売が成り立つということは、例えば小売店がぶつかり合う激戦区のすき間に出店が可能で、出店余地は広がることになる。柳平氏によると、90年代ごろ、ドラッグストアは人口3万~5万人という大きな商圏で事業展開をしていたという。つまりウエルシアは店舗の“コンビニ化”というイノベーションを起こすことで、自ら成長の余地を広げていることになる。
ここ数年の成長ペースがそれを反映している。18年度(予想)までの3期の平均でみると、ウエルシアの増収率は年14%。セブンイレブンのチェーン売上高伸び率は16年度に5%、17年度は4%にとどまり、勢いの差は明らかだ。
日本チェーンドラッグストア協会と日本フランチャイズチェーン協会の調査結果で17年度の両業界の市場規模を比べると、ドラッグストアは6兆8500億円、コンビニは10兆7000億円だった。まだ4兆円ほど差があるが、ウエルシアなど大手がけん引してドラッグストアの市場が急ピッチで伸びているのに対して、コンビニ市場は鈍化が鮮明。近い将来、市場規模は肉薄する可能性がある。
イオンにとって大きな財産
ウエルシアの前身、グリーンクロス・コアは00年に、ジャスコ(現イオン)と資本業務提携した。そして14年11月、上場は維持しながらも、イオンの連結子会社になった。イオンにとってウエルシアを子会社に取り込んだ意味は大きい。連結業績への貢献はもちろんのこと、イオンが手薄な都市部を攻略する上で、競争力のあるウエルシアの店舗は大きな財産といえる。ライバルであるセブン&アイ・ホールディングスは、セブンイレブンを持つ一方で、有力なドラッグストアを子会社として持っていないからだ。
もっともウエルシアが、コンビニと比べて劣る点は当然ある。そこに対しては、他社の力を借りるなど、正面からは戦わないしたたかさも見せる。
例えば、コンビニの生命線である弁当。ウエルシアは、イオングループに属する弁当店チェーン、オリジン東秀から一部店舗で供給を受けている。「自前の論理に経営の軸足を置かないことが大切」というのが池野隆光会長の持論だ。北海道が地盤のコンビニ、セイコーマートからも弁当を調達している。
コンビニが得意とするPB(プライベートブランド)開発でも、同じ土俵では戦わず、「健康・高齢化対応」の商品を軸に据える。8月に発売した「カラダきらめく甘酒アミノプラス」は、近畿大学と共同開発。“飲む点滴”といわれ近年マーケットが拡大している甘酒に、筋力に関わる栄養成分を添加したものだ。
18年度には前期実績108店舗を上回る127店舗の新規出店を計画するが、物件の確保は容易ではない。「コンビニや他の小売業との争奪戦が起きている」(水野秀晴社長)という。もともと店舗開発担当者は4~5人しかいなかったが、M&A(合併・買収)を実施した先の人材も加わり、開発部隊は5~6倍に増えた。都市型店舗の出店には3人を専任で就けている。
「セブンイレブンとアマゾンだけでは生活者のニーズは満たせない。当社の存在意義は必ずある」と話す池野会長。圧倒的に見える巨人とも戦うすべがあることを証明しようとしている。
(内海 真希)
INTERVIEW
池野隆光会長に聞く
高齢社会のプラットフォームになる
ほとんどのドラッグストアは家業からスタートし、多くは親子関係で経営を承継しています。私自身も創業者ですが、当社は合併を繰り返して多種多様な組織や人材が寄り集まった会社であり、家族経営ではありません。家族経営にありがちなしがらみや忖度がないことが、当社の自由闊達な社風を作り出している一因だと思います。
買収した会社に対しても、「お金を出したんだから俺の言うことを聞いてね」ということはやりません。相手の会社だって地域で何十年も残ってきたのには、それなりの理由があったわけで、その良いところをこっちに取り込まないともったいないと思います。
数年後には売上高1兆円を視野に入れています。ですが、会社は大きくなるほど、ダメになる確率が高いと思います。売上高などの「数字」が目的化しがちだからです。名門と呼ばれた大手企業が、数字を追うようになっておかしくなった例はたくさんあります。
そうならないためにも、商売には“思想”が必要です。ウエルシアの場合は、どうすれば生活の役に立てるかを考えること。調剤や介護を強化することで、高齢社会における生活のプラットフォームを目指します。一部店舗にはコミュニティースペース「ウエルカフェ」を設置し、地域のサークル活動などに無料で開放していますが、当社の薬剤師や栄養士が薬や食事の相談会を開き、プロとしての腕を磨いてもらう狙いもあります。従業員が満足できて初めて、お客様の満足も生まれますから。
(談)
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