自動車はソフトウエアの固まり

 その判断には、産業用の組み込みOSであるQNXという事業が既に存在していたことも大きい。米ハーマン・インターナショナル傘下のQNXを買収したのは携帯電話事業が絶好調だった10年のこと。主な狙いはブラックベリー製スマホの基本OS、「BlackBerry 10」を開発することにあった。

 だが、QNXは車載インフォテインメント向けの組み込みOSとして自動車業界に顧客を持っていた。チェン氏はブラックベリーのセキュリティー技術を融合すれば、安全性の高い自動車向けOSを開発できると踏んだのだ。

 「もともと持っていたQNXの強みにブラックベリーの技術が入って、面白い立ち位置になっている」。自動運転車の開発で提携するルネサスエレクトロニクス車載情報ソリューション事業部の吉田正康シニアダイレクターは言う。

 セキュリティー技術を追求するという軸はぶれていない。今年1月に米デトロイトで開催された北米国際自動車ショー。基調講演に登壇したチェンCEOは自動車向けセキュリティー対策ソフト「Jarvis(ジャービス)」を発表した。

 最近の自動車はソフトウエアの固まりで、高級車になればコードは1億行を超える。これはフェイスブックを構成する全体のコード数よりも多いというのが業界の定説だ。

 他方、自動車部品のユニット化が加速しており、部品メーカーがソフトを開発するケースも増えている。自動車メーカーは納品されたユニットのソフトに問題がないか検査するのに膨大な時間がかかっている。ジャービスを使えば、簡単に問題を発見できる。

 現在のQNXは自動車向けに注力しているが、将来的には病院や政府機関、エネルギー業界などセキュリティー対策が不可欠な分野での活用が期待されている。そこにブラックベリーが強みを持つ「エンドポイント管理」が加われば可能性はさらに広がる。

 エンドポイントとは、ネットワークにつながったスマホやパソコンといった端末のこと。ブラックベリーは前述したように顧客企業のスマホやパソコンを安全に管理するサービスを提供している。QNXにこうしたエンドポイント管理のノウハウを組み合わせ、堅牢で効率的なプラットフォームを提供していく考えだ。

 そのための新技術獲得にも余念がない。チェン氏がCEOに就任して以来、無線アンテナ技術や音声やファイルの暗号化技術などを持つ企業を買収した。ハードウエアからの撤退を進めながら、買収で目指す経営戦略を補完してきた。

 もちろん、次世代自動車の開発は従来の自動車メーカーやシリコンバレーのIT企業が入り乱れる超激戦区。ようやく築いた有利なポジションを維持できる保証はない。それでも、携帯電話事業の落ち込みを思い出せば、よくここまでたどり着いたという感もある。

 「ブラックベリーの復活ストーリーの一部になれてうれしい」。今年の北米国際自動車ショーでフォードCTO(最高技術責任者)、ケン・ワシントン氏はこう語った。会社の中身は大きく変わってしまったが、復活を願う元ユーザーは決して少なくないのではないだろうか。

INTERVIEW
ジョン・チェンCEOに聞く
やっていることは携帯電話と変わらない
写真=Tobin Grimshaw

 2013年11月に暫定CEO(最高経営責任者)に就任した時、ブラックベリーは極めて厳しい状況にあった。市場シェアは激減し、毎年のようにリストラを実施していた。現金もどんどん失っており、先行きはかなり絶望的だった。そんな状況で再建しようと思ったのは、私にとってブラックベリーが象徴的な企業だったからだ。

 経営不振に陥っていたデータベース関連製品の米サイベースで10年以上にわたってCEO職を務めてきた。そのため声がかかった当初はCEOという仕事には関心がなかった。実際、別の多くの企業から受けていたオファーは、すべて断っていた。

 ただ、ブラックベリーは人々の働き方やコミュニケーションに真の革命を起こした数少ない会社だ。昔はビーチやレストランで電子メールを送ることなんてできなかったが、それを可能にした。私自身もブラックベリーとともに育った人間。そんな会社がそのまま消滅するのを見たくなかったので、再建を手伝うことに決めた。

 今のブラックベリーは、スマホなど端末の安全性を高めるためのソフトウエア会社に変わっている。ただ、最初から今の姿をイメージしていたわけではない。今でもブラックベリーの携帯電話が復活するかも、というロマンチックな想像をしないこともないが、そんなことは現実には起こり得ない。

 この会社に来た時は携帯電話のビジネスを完全に理解していなかったが、すぐに利益を出しにくい市場だということが分かった。実際、新機種を出すなどして何度か試してみたがうまくいかなかった。投資しても利益が出ないのであれば続けるのは難しい。市場が成長して利益も取れる分野を早急に探す必要があった。

 それがセキュリティーだった。現在のブラックベリーは企業向けにスマホやタブレットなどの端末を管理するEMM(エンタープライズモビリティー管理)や自動車向けのセキュリティープラットフォームを提供している。これらは新しいことをやっているわけではない。マイクとキーボードがなくなっただけで、エンドポイント(端末)管理という面では携帯電話の時代と変わらない。

 端末のセキュリティーに注力すると決めた後はブラックベリーが持つ技術を「オープン化」した。以前は、MDM(モバイルデバイス管理)という技術はブラックベリー端末に限定していたが、iPhoneやアンドロイド端末などでも使えるようにした。00年代後半にブラックベリーの端末は3000万台はあったが、今では全世界には10億台を超えるスマートフォンが存在している。我々の市場を自ら限定してしまう必要はない。

 一方で欠けている技術の取得に努めた。セキュリティーの知見は豊富だったが、音声やファイルの暗号化技術は持っていなかった。そういう分野はM&A(合併・買収)で補っていった。

 現在、最優先で市場開拓に取り組んでいるのは自動車業界だが、セキュリティーは医療業界や政府機関、エネルギー業界など様々な分野で求められている。ビジネスの機会は大きい。

(談)