住民への補償など事故処理に一段落が付いた2000年、事故当時の経営陣は辞任し、新たな経営陣で再出発を期すことになった。新経営陣が目指したのが、事故の背景にあった多角化経営との決別。一言で言えば、非鉄事業への本業回帰だ。同社の中里佳明社長は、「JCO事故が現在の経営の原点になった」と振り返る。

独自技術でゴミを宝の山に

 00年代に入り、銅やニッケルなど非鉄市場では巨大な需要のけん引役が姿を現しつつあった。中国である。実際、銅は02年、アルミニウムは04年、ニッケルは05年に世界最大の消費国になっている。かつて斜陽産業と位置付けた非鉄産業が、中国の台頭により成長産業へ転換しようとしていた。

 00年に就任した福島孝一社長(当時)はその変化の波に乗ろうと、キンコーズ・ジャパンの株を03年に、宝飾品の小売り事業を04年に売却するなど非中核事業からの撤退を進めた。その一方で、安定したコストで非鉄資源を確保する戦略を打ち出した。ただし、資源メジャーと同じ土俵で鉱山開発や権益確保に乗り出そうとしても、資金力で勝ち目はない。そこでまず、住友金属鉱山が目を付けたのが、社内に埋もれていた技術=HPAL(高圧硫酸浸出法)だった。

顧客の顔が見える事業構造に
●電池材料のサプライチェーンでの資源メジャーとの違い

 HPALは、従来はゴミとして捨てていた低品位の鉱石からニッケルを回収できる製錬技術。以前から世界的に知られていた技術だったが、製錬に用いる硫酸の管理などが難しく、大規模な商業化に成功した例はなかった。だが、地道な改善を重ねることで05年に商業化に成功。安定的に安価で調達できる低品位鉱石を使ってニッケルの生産量を増やせるようになった。

 現在、住友金属鉱山が株式市場から「EV銘柄」として評価されているのは、このHPALを用いてEV用電池の中核材料を供給するキープレーヤーとなっているからだ。ニッケルは資源の埋蔵地が世界的に偏在しており、低コストで安定的に生産するのが難しい。

リチウムイオン電池向けの正極材を製造する磯浦工場(愛媛県新居浜市)。米テスラのEVは、この正極材なしには作れない(写真=住友金属鉱山提供)

 だが、住友金属鉱山は、出資するフィリピンの鉱山で採掘した低品位のニッケル鉱石からHPALを使って中間材を生産。それを日本で製錬し、電池の主要部材である正極材に仕上げる一気通貫の仕組みを構築した。これを、トヨタやテスラが評価している。

 EVの課題である走行距離を引き上げるには、電池の容量を上げなければならない。電池の主流はリチウムイオン電池だが、容量を増やすにはニッケルの含有量を増やすことが有効な手段。テスラが採用しているのはニッケル含有量が多いパナソニック製のリチウムイオン電池だ。住友金属鉱山はそのパナソニックに、ニッケルを含む正極材を独占供給している。

 生産拠点である愛媛県新居浜市にある磯浦工場では、住友金属鉱山がフィリピンの鉱山でHPALを商業化する以前から、ニッケル水素電池に使われる正極材を開発・生産してきた。1990年代から開発を進めていたが、転機は2001年からトヨタのHV「プリウス」向けにニッケル水素電池の正極材を納入し始めたことだった。それまで電池の主な用途はパソコンなど電子機器用だったが、これにより自動車用途への道が開けたのである。

 自動車向け電池材料を強化する計画を作ったのが、JCO事故当時、電子事業本部事業室長だった中里社長だ。多くの同僚が東海村の応援に駆け付けるなか、残された社員で電子材料事業の「集中と選択」を実行していった。光センサーやスイッチなどの事業から徹底する一方、まだ黎明期にあった電池材料事業に注力する方針を固めたのである。