欧米では出戻り当たり前

 ただ、「退職した会社に出戻るハードルが高いのは日本だけだろう」と人材コンサルタントの木村勝氏は指摘する。「欧米企業はポストに対して人材を獲得するため、優秀な人材であれば元従業員かどうかは関係ない」。ポストに応じた処遇体系が広がれば、日本でも出戻り社員が当たり前になる日が来るかもしれない。

 悠長に構えてはいられない。技術革新で産業構造が大きく揺らぐ中、これまでのように入社してから定年までずっと同じ会社で働く社員だけでは企業の活力を引き出すにも限界があるからだ。日本企業に必要なのは多様な人材を生かす取り組み。出戻り社員を単なる人手不足対策で終わらせていてはもったいない。

「出戻り」経験者に聞く
足かせは過去のプライドだ

 制度を拡充し、即戦力となる出戻り社員の獲得を狙う企業。だが、出戻りを果たした当事者たちにも心の葛藤はある。

 「自分の実力を試したくて飛び出した。だが2度転職して自分には富士通が一番合っていると気づいた」。そう話すのは富士通のシステム部門で営業を担当する田中潤氏だ。

田中潤氏(左)は2度の転職を経て、富士通に出戻った(写真=吉成 大輔)

 田中氏は2011年に富士通に入社。法人営業として5年間働き、業務に自信が出てきたタイミングで転職を決意した。「もともとメード・イン・ジャパンの商品やサービスを世界に売りたい」との思いがあったことから食品メーカーに移った。

 転職後はスーパーなどで法人営業を手掛けたが、富士通とは勝手が違った。「システム会社の営業では顧客の要望で仕様を検討することも多いが、食品メーカーでは何よりも商品力が問われるためできることが限られる」。そう感じた田中氏はわずか1年強で2度目の転職に踏み切った。

 3社目に選んだのは土地勘のある外資系のIT(情報技術)企業。慣れ親しんだ世界だが、今度は「日本企業で貢献したい」という思いが再燃する。そんな折に、富士通時代の上司と飲んだ際に勧められたのが出戻り制度だった。退職後にできた制度のため初耳だったが、迷うことなく応募することに決めた。「足かせになったのはプライドくらい」と振り返る。

 今年5月に出戻り、念願だった海外営業に携わり始めた。「一度、会社を去ったことで、快く思わない人もいると思う。成績で見返すしかない」。田中氏はそう意気込んでいる。

本音を言えば「肩身が狭い」

 「35歳を迎えてチャレンジがしたかったが、現実は甘くなかったですね」と率直に語るのは、江崎グリコで営業を務める佐藤太郎氏(仮名)だ。3度の転職を経て2度目に入った江崎グリコ(転職当時はグリコ乳業)に戻った。

 グリコ乳業に中途入社したのが06年。国内営業を担当し、仕事内容にも満足していたが、「メーカーでの営業を重ねる中でカテゴリーでダントツの企業で挑戦したい」との思いが募った。

 そうして転じたのが日用品大手。商品力も強くやりがいはあったというが、「体育会系の社風がどうしても合わなかった」。

 悩んだ末に電話した相手がグリコ時代の上司だった。電話越しで正直に打ち明けると、上司が出戻り制度があることを教えてくれ、もう一度、チャレンジしようと再度、門をたたいた。

 「今振り返るとグリコは働き方を含めて自分には合っていた」と言う佐藤氏。それでも「肩身は狭いですね」との本音も。出戻りに踏み出すには周囲の声に打ち勝つ覚悟も必要になりそうだ。