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起業しか自分を生かす道がない

 「何度も失敗して怖くないかって? 愚問だね。未来が見えるんだからやるしかない。そもそも、失敗したなんて思ってない」

(写真=的野 弘路)

 米サンフランシスコに活動拠点を置く起業家、井口尊仁氏は今、新たなサービスを準備中だ。会話を自動認識して関連する画像や映像をリアルタイムに収集・表示。音声コミュニケーションを可視化して理解を助け、生産性向上を支援するサービスである。「トランスペアレント」という名称でベータ版リリースに向けて開発中だ。

 井口氏が注目を集めたのは2008年。iPhoneのカメラが捉えた世界に関連情報をリアルタイムに合成する「セカイカメラ」を発表した時だ。運営会社・頓智ドットを起業し、AR(拡張現実)の可能性をいち早く世界に知らしめた。

 だが、利用者は十分に広がらず事業としては失敗して次の挑戦へ。13年、眼鏡型のウエアラブル機器を開発するテレパシーを創業。米グーグルが発表した「グーグル・グラス」に対抗する製品として期待された。ところが、今度は開発体制の混乱などで頓挫してしまう。

 井口氏は元はジャストシステムの社員だった。独立して1999年にミニブログのサービスを立ち上げ、2008年に売却。手にした資金を元に頓智ドットを創業した。セカイカメラとテレパシーで合計約20億円を投資家から調達したが、最終的に事業を継続できなかった。

 「しくじるのはつらいし、やめてもいいと思うこともある」と井口氏は打ち明ける。だが、あふれ出るアイデアをどうにも止められない。「世界はこうなる、というイメージが浮かぶと、それにつながるプロダクトを作って試してみたくなる。なにより『面白いでしょう!』と人に自慢したいんです。子供っぽいんですね」

 井口氏が周囲に熱っぽく語りかけると、その情熱に動かされる投資家もまた現れる。「最終的に成功しなくても、チームを作って、イケてるプロダクトを作って、大きなトレンドになっただけでも十分に価値がある。そもそも、失敗しないで成功しようなんて、そんな虫のいい話はないんじゃないですか」

引きこもり、起業し世に出る

 「起業を志すも何も、それしか選択肢がなかった」。01年にレンタルサーバー会社paperboy&co.(現GMOぺパボ)の前身会社、11年に個人から事業資金を集めるクラウドファンディングを手掛けるCAMPFIRE(キャンプファイヤー)を創業した家入一真氏。日本を代表するシリアルアントレプレナー(連続起業家)の一人だが、最初の起業は後ろ向きな動機からだった。

 美術大学を目指している最中に父親が事故を起こし、その夢を諦めた。地元福岡で就職したものの「朝は起きられなく、コミュニケーションも苦手。何度もクビになった」と振り返る。起業は生きていくための残された数少ない道だった。

 レンタルサーバー事業から始めたのは「あまり人に会いたくないのでネットがいいなと思ったから」という。もっともIT化の進展を追い風に同事業は急成長。「自分自身の生活費を稼ぐための個人事業」(家入氏)だったが、従業員を雇い始める。GMOインターネットに売却後、08年に当時最年少の29歳でジャスダックに上場した。

(写真=吉成 大輔)

 2度目の起業となったクラウドファンディング事業は、自らの原体験がベースとなっている。美大を目指していたこともあり創造的な活動への憧れが強かったが、金銭的な理由でその道を諦めた。自分のような人を減らすために、「インターネットを使って音楽やアートなどのクリエーターを支援したい」との思いが起業につながった。

 11年の設立直後に東日本大震災が発生。アーティストの支援ではなく、被災地の復興支援プロジェクトで知名度が高まった。「想定外だったが、時代がクラウドファンディングを求めていたのかもしれない」と家入氏は振り返る。

 プロジェクトやPV(ページビュー)の数で国内のクラウドファンディングで首位にまで育った。今では社会貢献だけでなく、アーティストやエンジニアなど個人が夢を実現するプロジェクトも数多く並ぶ。その中で、起業家の卵たちが着実に育っている。

INTERVIEW
エイチ・アイ・エス澤田秀雄会長兼社長(CEO)に聞く
起業は本当におもしろい

 起業は面白いので、どんどんチャレンジしてほしいです。日本は米国や中国に比べて規制が多く、圧倒的にベンチャーの数が少ないのが残念ですね。

 エイチ・アイ・エス(H.I.S.)の前身企業を作った直後は、お客様が半年くらい全くいなくて、不安になりました。いいサービスでいい値段だと思っていても売れないので、不安が襲ってくる。それが大変でした。その間は朝から晩まで本を読んでいたり、大学のキャンパスに行って手書きのポスターを張ったり。半年くらいしてぽつぽつ売れるようになりましたが、第1号のお客様はちょっと変わった医者の先生でした。

(写真=竹井 俊晴)

 本に書いてあるように「石の上にも三年」「継続は力なり」。事業を始めたら3年は続けなければ、と思います。1年やってもうまくいかなければ何が悪いのか考えて改良し、3年やってもダメなら諦めればいい。

 なぜ、私は起業したか。西ドイツのマインツ大学に留学していた時、旅行の費用を稼ぐために日本人向けのナイトツアーを企画していました。月100万、200万円稼げて実入りが多かった。半分事業のようなことをしていたので、卒業して日本に帰る時、自分で事業をやったほうがいいと自然となりました。就職は考えなかったです。就職してもきっとダメ社員だったでしょう(笑)。

 好奇心の強い子どもで、小さいころから好き勝手やっていました。友達と自転車で紀伊半島を一周したり、北海道を回ったり。行くと帰りが遅くなりいつも怒られた。親は心配したと思います。新しいものを見たり聞いたりするのも好きでした。そういう性格も起業につながったのかもしれません。

 H.I.S.やスカイマークを作って、ハウステンボスの再建に取り組むなど、いろいろな挑戦をしてきました。とはいえ、初めての事業にチャレンジする時はいつも不安です。でも僕は苦しくてもチャレンジしてみたいと思ったんですね。うまくいくかどうか分からないし、運もある。「やれる」というより「やりたい」という感じです。でも、別に起業する人が偉いわけじゃありません。全員が起業しなければいけないことはなく、会社員として勤めるのもいい。泳ぐのが得意なら泳げばいいし走るのが得意なら走ればいい。

 ベンチャーへの出資話もよく持ち込まれますが、僕の出資先は上場するんですよ。投資の基準の1つ目はまず人間性がいい人。なんとなく人相が悪い人はダメ。2つ目はビジネスモデルが伸びるかどうか。悪ければ伸びない。あとは、運がある人。話を聞くと分かります。だいたいそういう人に投資すると、7割は上場する。

 起業とは、やる人にとっては利益を出して生活が豊かになるものですが、長く続けたり大きくしたりしたい場合は、地域や社会のためになるとか、新しい産業を興すためなど、役に立つことがあったほうがいい。そのような会社は伸びる可能性があります。

 でも、日本の起業環境は、米国や中国に比べてよくない。日本は規制が多くて、新しいことをしようと思っても環境的にしづらい。規制をなくして自由にやらせるべきです。ベンチャーなんだから、悪いことを除いて自由にやったらいいですよね。(談)

日経ビジネスRaise「オープン編集会議」とは

 みんなの声で社会を動かす「オープンジャーナリズム」の精神に基づき、オンラインで誰もが自分の意見を自由に書き込めるオピニオン・プラットフォーム「日経ビジネスRaise」のプロジェクトの一つ。Raiseユーザー同士の議論を編集プロセスに取り入れている。公募・選抜した「オープン編集会議メンバー(第2期)」は一部の取材に同行し、オフラインでも議論した。

● 第2期オープン編集会議メンバー(50音順、敬称略)

 入江清隆(大日本印刷)、植竹理江(フリーランス)、桂千佳子(大学日本語教師)、黒須香名(スタディプラス)、後藤勝幸(情報処理従事者)、坂下秀(アクタスソフトウェア)、佐藤類(サイバーステップ)、椎谷豊(トラベロコ)、菅野敦也(超教育ラボラトリー)、鈴木瞳(マカイラ)、田中宏(大正製薬ホールディングス)、辻貴之(フジ・メディア・ホールディングス)、栃木ひかる(ワークスアプリケーションズ)、野河優貴(慶応義塾大学)、原島洋(ウェブマスターズ)、松下芳生(JPスタイル研究所)、宮本英典(東京応化工業)、三輪愛(ミニストップ)、森豊史(東京都立産業技術研究センター)、山下雄己(電通国際情報サービス)、山中啓稔(TOTO)、山中康史(Face2communication)、熊本有紗(国土交通省)、山本智(ちそう)、米川植也(セルム)