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 幸運を手繰り寄せた平尾氏には、「学生起業家だからこそ決めていた行動が3つある」と話す。①自分自身の能力を見極め、決して虚勢を張らない②相談対象を選ばず誰にでも話す③自分自身が抱える根源的な課題や思いをきちんと話す、の3つだ。資金調達では幸運が続いたように見える平尾氏だが、この3つを愚直に続けて手繰り寄せた結果と言える。

 設立3年たたないスタートアップを、KDDIが200億円で買収──。17年8月に注目を集めたニュース。買収されたのは、14年11月に玉川憲社長が設立したソラコム(東京都世田谷区)だ。

 ソラコムが手掛けるのは、IoT(モノのインターネット)プラットフォームと呼ぶサービス。自動販売機に内蔵すれば販売情報などをクラウドに安全に送信できる。使い道を特定し、料金は1日当たり10円からに抑えた。

玉川 憲 氏
(写真=竹井 俊晴)

ソラコム社長

創業:2014年11月
事業概要:IoT向け通信サービスの提供

 KDDIの買収は、実はソラコムからの売り込みだ。「グローバルに急成長するには、KDDIとやるのが一番いいと思った」と玉川氏は理由を明かす。

 KDDIが気軽に巨額買収に応じるわけがない。技術だけでなく構築済みの顧客基盤に200億円の価値があると判断したからに他ならない。現時点で1万以上の導入実績があるが、驚くべきはサービス開始時点の数字。15年9月の正式開始前から、ベータ版を導入していた顧客数が50を超えていた。BtoB(企業向け)領域かつ設立1年未満の無名企業にとって異例と言える。

 スタートダッシュ成功の裏にあるのは、玉川氏が大企業勤務時代に培った人脈や経験だ。ユーザーになりそうな企業や興味がありそうな人をフェイスブックなどで探索。知り合いの知り合いなど「何らかの糸を手繰り寄せるようにした」(玉川氏)という。

 玉川氏は日本IBMでウエアラブル機器の研究などを担当し、米国でMBA(経営学修士)を取得。帰国後、アマゾンデータサービスジャパンに入社し、クラウドサービス「アマゾンウェブサービス(AWS)」を立ち上げた。10年以上、大企業の中で事業経験を積み、社内外に人脈を構築してから起業したことが今に生きている。

 もっとも、玉川氏のように大企業勤務で培った人脈と経験をフル活用しても顧客獲得は難しい。起業時に自らが信じたビジネスモデルを諦める勇気も必要となる。

最初のビジネスモデルを捨てる

 「イケてると思って始めたが、途中から『アレ?』ってなって……。その人に断言されて心が『ポキッ』と折れた」。フィンテックを手掛けるマネーフォワードの辻庸介社長CEOは、創業当初の挫折をこう振り返る。

辻 庸介 氏
(写真=吉成 大輔)

マネーフォワード社長CEO

創業:2012年5月
事業概要:家計簿アプリ、クラウド会計サービスの提供

 ソニーやマネックス証券を経て、12年5月に起業した辻氏。家計簿アプリがヒットし、17年9月には日本のフィンテック企業として初めて上場した。

 実は、創業当初に手掛けていたのは、家計管理や資産運用をオープンに情報交換する「マネーブック」というSNS(交流サイト)だった。自信を持って世に送り出したが、結果は散々。「顧客は10人、20人だった」と辻氏は振り返る。

 やめるにやめられない状況で約半年がたったある日、辻氏らは東大の松尾豊氏にビジネスモデルを披露する機会を得る。たまたま居合わせた海外投資家は、笑いながら「俺だったら絶対使わない」と言い放ったという。冒頭の心境はその際のもの。この日を境に、オープンなSNSを捨て、クローズドな家計簿アプリへかじを切ることを決めた。

 家計簿サービスは競合が多く、特徴を打ち出す必要がある。辻氏は対象となるデバイスとユーザーの2つを大胆に絞り込んだ。当時は日本でもスマホが普及し始めた時期。「スマホに『全張り』しようと決めた」(辻氏)

 対象ユーザーは、「俺たち」に絞り込んだ。創業メンバーに家族ができ保険などで悩み始めただけに「自ら欲しいサービスを作ることにした」(辻氏)。こうして12年12月に開始したのが、家計簿アプリの「マネーフォワード」だ。

 知名度も広告費もなかったが「運よくメディアに取り上げられ、ユーザーは徐々に増えていった」(辻氏)。だがサービスを拡充しないと飽きられてしまう。ユーザーがとどまるよう「一時期はプロダクトを作ることに全てをかけていた」と振り返る。

 ここでも参考にしたのは同世代の声。「フェイスブックを使わないユーザーに我々のサービスを使ってもらうのは難しい。ターゲットを決めてその人の意見を中心に聞いていった」(辻氏)。ビジネスモデル変更後の大胆な絞り込みが顧客獲得につながった。

 顧客獲得にはニーズに合った商品やサービスは欠かせない。一方で、「起業で大切なのはやはり営業。たとえいい商品やサービスでも営業しなければ知ってもらえない」(オウケイウェイヴの兼元氏)。研究者や医師など営業経験がない起業家にとっては、それが大きなハードルとなる。

元医師でもドブ板営業

 医師出身で、遠隔医療サービスを手掛けるMICIN(マイシン、東京都千代田区)を創業した原聖吾CEOもその一人。東大医学部を卒業後、臨床医、日本医療政策機構、米スタンフォード大学経営大学院への留学、米マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て起業した。

原 聖吾 氏
(写真=陶山 勉)

MICIN CEO

創業:2015年11月
事業概要:オンライン診療サービスの提供

 起業のきっかけは、研修医時代に感じた医療現場への危機意識。「医師として患者に向き合うのではなく、医療制度そのものを変えたい」と考えた。その後、日本医療政策機構で医療行政に関わり、スタンフォード大学でMBAを取得。帰国後に入社したマッキンゼーで知り合った草間亮一COOらと15年11月に起業した。

 開発したオンライン診療サービスには自信があった。法律が改正され、遠隔医療が可能になったタイミング。「医師やコンサルタント時代の知り合いの反応は良好だった」(原氏)

 直面した課題が営業活動だ。当時のメンバーに営業社員はゼロ。原氏は草間氏と2人、初めての営業に挑んだ。医師時代の人脈はあったが、「すぐに尽きてしまいほとんど役に立たなかった」(原氏)。

 営業の現場では、華麗な経歴は通用しない。そこで原氏が取った行動は、昔ながらのドブ板営業だ。ターゲットはクリニックを運営する開業医。ホームページを見ては直接電話をかけ、複数のクリニックが入居する都内の雑居ビルには飛び込み営業もした。「診療中は忙しいし電話はすぐに切られるのがほとんど。会える確率は1~2割だった」と原氏は振り返る。こうした地道な営業活動で実績を積み重ねるしかなかったわけだ。

 サービス開始から2年、現在の導入件数は約700件で「都内ではナンバーワンシェア」(原氏)。だが国内に病院は約10万ある。現在は営業経験豊富なメンバーとさらなる開拓に余念がない。


 ここまで見た通り、創業後も生き残るスタートアップの多くは、「チーム作り」「資金調達」「顧客獲得」のそれぞれのステージで地道な努力を重ねて困難を乗り越えてきた。

 裏技や抜け道は存在しない。マネーフォワードの辻氏は、「起業は、きつく、うまくいかないことが多い。能力がある人でも(技術トレンドなどの)タイミングが合わなければ成功しない」と指摘する。そして「うまくいかない人の方が圧倒的に多い。起業は無理に勧められない」と続ける。

 困難が多い起業を成功させるのに必要なのは、心が折れる瞬間に「何としてでも実現したい」とふんばれるかどうかだ。エンジェル投資家でもあるCAMPFIRE(東京都渋谷区)の家入一真社長は、「起業の強い動機付けとなる原体験は起業家に必要な要素」と話す。

 「自分以外の人がやるかもしれないと考えてちゅうちょする人はそれだけの熱量しかない。そんな人は起業に向かない」。オウケイウェイヴの兼元氏は言い切る。日本の起業環境はかつてないほど整い始めた。やるかやらないかは、個人に委ねられている。

(佐伯 真也、庄司 容子、古川 湧、大竹 剛)