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潰れるか、一緒になるか

 「潰れるか、我々と一緒になるか」

 「こんな条件はのめない。おととい来やがれ!」

兼元謙任 氏
(写真=北山 宏一)

オウケイウェイヴ会長

創業:1999年7月
事業概要:Q&Aサイトの運営と関連企業サービスの提供

 起業から約1年たった00年。兼元氏は、大手ポータルサイトの担当者に対して徹底抗戦していた。

 元ホームレスという異色の経歴の兼元氏。1989年に大学を卒業し、デザイン事務所や建設塗装会社に勤めた後、いったんはデザイン関連で起業を試みたが計画は頓挫。ショックもありホームレスになるほど生活はすさんだ。

 再度起業に踏み切れたのは、「社会のデバイド(分断)をなくしたい」(兼元氏)との使命感に突き動かされたからだ。Q&Aサイトは我が子同然の存在で、大手ポータルサイトの提案は到底受け入れられるものではなかった。

 もっとも社員の反応は真逆。社員たちからは次々と「辞めたい」というメールが届いた。狭いオフィスなので交渉の様子は筒抜けで「なぜすぐに断るんだ? ちゃんと検討してほしい」という思いが社員にはあったという。最終的にアルバイトも含めて約30人の従業員の約半分が辞めてしまった。

 当時は楽天の出資を受けて、ようやく採用を始めた時期。知名度も低く、就活フェアは閑古鳥が鳴いていた。「飲み屋で隣になった人にも『うちに来ない?』と手当たり次第誘った」(兼元氏)ほど。苦労して何とか集めた社員たちだったが、会社への愛着もなく烏合の衆だったと言える。

 「当時は提案を断ったことをずっと後悔していた」と振り返る兼元氏。ただ「社員の声を聞くべきだったかはいまだに分からない」と続ける。

 学びもあった。社員とのコミュニケーションの大事さだ。創業から19年、社員は約160人に増えたが、半年に1度は全社員が参加する会議を欠かさずに開催する。「社員一人ひとりにお礼を言う。そして、既存事業の中で継続すること、やめること。新たにやるべきことを聞く」と兼元氏。そうすることで、「会社の全体像が見えてくる」と兼元氏は話す。

 2019年6月期には過去最高の売上高(55億円)と純利益(14億円)を見込むオウケイウェイヴ。好業績はチームワークが生み出した結果と言えそうだ。

 「しびれた局面の一つ」。今年6月に株式上場したメルカリ。上場初日の終値ベースの時価総額は7172億円と、現時点で今期最大のIPO(新規株式公開)だ。社長兼COOとして晴れ舞台に立った小泉文明氏だが、この発言は上場時の感想ではない。14年3月に発表した、総額14億5000万円という、創業1年のスタートアップとして当時、破格だった資金調達についてだ。

小泉文明 氏
(写真=竹井 俊晴)

メルカリ社長兼COO

創業:2013年2月
事業概要:フリマアプリの開発・運営

 小泉氏自身は創業者ではない。証券会社でミクシィやディー・エヌ・エーなどのIT企業のIPOを担当。07年にミクシィに転職、CFO(最高財務責任者)を務めた。退任後はスタートアップ支援を経て、13年12月に創業間もないメルカリに飛び込んだ。

 創業者で会長兼CEOの山田進太郎氏とは、「お互いにない能力を補完し合う関係」と小泉氏。入社後は山田氏が事業アイデアや開発を担い、小泉氏は財務や人事など残り全てを引き受けた。財務畑の小泉氏にとって資金調達は腕の見せどころだったと言える。

 ゲーム会社の売却経験がある山田氏や、小泉氏の経歴から「スタートアップ界のオールスターチーム」と呼ばれたメルカリ。だが資金調達は「めちゃくちゃ苦労した」と振り返る。

 無理もない。当時のメルカリはアプリのダウンロード数が100万回以下で、手数料収入はなく売り上げはほぼゼロ。「自分たちの想定するバリュエーションが高く、投資家の理解が得られなかった」(小泉氏)。「チーム」だけでは10億円規模の資金調達は難しかったのだ。

 既に米国進出を見据えており妥協はできない。そこで小泉氏は事業計画の「因数分解」を徹底した。当時の流通額などを基に、その後の顧客の伸びや手数料の割合などを細かく場合分け。PL(損益計算書)の将来見通しを「松竹梅」の複数パターンで作成した。「たとえネガティブな想定でも確実に利益が出て、将来的にIPOできるという説明を重ねていった」(小泉氏)

 結果的に数十社を回り、グローバル・ブレインなど複数社から14億5000万円を調達。チームだけでなく緻密な戦略が奏功したと言える。

預金残高が3万円しかない

平尾喜昭 氏
(写真=陶山 勉)

サイカCEO

創業:2012年2月
事業概要:広告などデータ分析ツールの開発

 創業時には翌月の運転資金に困るスタートアップも少なくない。広告などデータ分析ツールを手掛けるサイカ(東京都千代田区)もその一社だ。

 慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)在学中の12年2月に、サイカを創業した平尾喜昭CEO。起業を志したのは中学時代。父親の勤務先であった大手企業が倒産し、「この世にはどうしようもなく悲しいことがある」「この世には安定はない」と感じ、漠然と起業する自分を思い描くようになった。

●主な資金調達ラウンド

 父が勤める大手企業は、カリスマ経営者の直感が事業拡大と低迷を招いた。SFCで統計分析に出合い、「これがあれば父の会社を倒産から救えたのかも」との思いが起業につながった。

 実は、創業直後の資金調達は比較的スムーズだった。創業準備中だった11年、SFCが毎年開催しているイベントで成城石井の実質創業者である石井良明氏に出会い、数千万円のエンジェル投資を取りつけた。インターン先のシステム会社経由で、顧客第1号を獲得するなど順風満帆に見えた。

 だが長くは続かない。調達した資金で採用を増やしたが、受注はほとんどない。「会社の口座の残高が3万円という大ピンチに陥った」(平尾氏)

 「このままでは来月にも倒産してしまいます」。追い込まれた平尾氏は、ある人物に本音を暴露した。相手は投資育成事業を手掛けるBEENOS創業者の佐藤輝英氏。正直な本音を受けて佐藤氏は、個人としてエンジェル投資を決断した。何とか一命を取り留めた平尾氏は、事業拡大にまい進していく。