証 言
田中正明・三菱UFJフィナンシャル・グループ元副社長が語る
バーナンキFRB議長ですら過信していた
提携後のモルガン・スタンレー取締役も務めた。現在は金融庁参与。今秋発足の産業革新投資機構の初代社長に(写真=北山 宏一)

 三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)傘下のユニオン・バンク・オブ・カリフォルニア(現MUFGユニオンバンク)に経営トップとして着任したのは、2007年5月。現地に赴いてすぐ、違和感を覚えました。私は1980年代に同銀行の前身に出向した経験があります。その時代とは住宅ローン市場が様変わりしていたのです。きちんとした返済計画を契約段階で立てていない、借り入れから5年間は返済が始まらず、借り換えが前提になっている……。30年前なら当局が認めなかったであろう融資が、当たり前のように実行されていました。

 着任数カ月でパリバショックが起きたときには「これは大変なことになる」と直感しました。ユニオン・バンクはサブプライムローンの取り扱いこそありませんでしたが、保守的な引当金計上など、最悪の状態への対応を準備するよう指示したのを覚えています。

 ただし、米国でも危機感を持っているのは少数派のようでした。今でも思い出すのは(米金融界の経営層で構成する業界団体である)金融サービス円卓会議理事会の席上での出来事です。

 2008年初夏の会合だったでしょうか。FRB議長だったバーナンキさんは「我々は状況をコントロールできる」と話していました。その後、リーマン・ブラザーズ破綻が迫った直前の会合でも「米国の状況は(不良債権問題に端を発した)10年前の日本の金融危機より傷が浅い」といいます。

 私は彼の話の直後に手を挙げました。「日本は金融危機を自国内で収束させた。ところが、パリバショックをみても分かるように、米国発のサブプライムローン問題はもう欧州に飛び火していますよね」。議長からは「既に世界の金融当局との連携は始まっている」との回答。米当局は直前になっても楽観姿勢を崩していませんでした。

 リーマン・ブラザーズの経営破綻から1週間で、MUFGはモルガン・スタンレーに対する9000億円の大型出資を決め、スピーディーな資本提携劇として驚かれます。これには土台がありました。00年ごろ、東京三菱銀行では既にモルガンとのグローバルアライアンスの協議を進めていたのです。「ウィッシュボーン」と名づけられたその極秘プロジェクトは合意間近でしたが、01年の同時多発テロで延期になりました。しかし1年以上にわたったプロジェクトの結果、モルガンの経営分析やアライアンスの原案が既に出来上がっていたのです。

 欧米の投資家と複雑なファイナンスの議論を英語でこなせる人材は日本の銀行にはなかなかいません。そもそも日本の銀行員は資本市場に弱い。世界の名だたる企業や投資家にリーチする本格的な投資銀行業務を取り込むために温めていたグローバルな提携構想が、リーマンショックにより、思わぬ形でよみがえったのです。もともとの下地がなければ、危機下であれだけ速く提携がまとまることはなかったでしょう。

 リーマンショックから10年、日本の銀行は大幅な構造改革を余儀なくされています。これには、自らが招いた側面もあります。というのも、最大のピンチだった1990年代後半の金融危機で銀行は組織防衛を優先して取引先を絞り、「貸し渋り」や「貸し剥がし」との強い批判を受けました。そうした経験をした日本企業は、銀行からの借り入れを減らしています。この流れはリーマンショックで決定づけられました。今や上場企業の6割が無借金経営です。マイナス金利うんぬんという以前に、戦後の典型的な企業経営のありかたが変わったのです。銀行は今後どのように経営の転換を図るのか。この課題に答える道筋は、まだ示されていません。(談)