免疫生物研が見据えるのは、ロシア企業が手掛ける診断キットのさらに先だ。16年にスタートアップのCURED(横浜市)と提携。HIVを破壊することで、根本からエイズを治療する医薬品の開発を目指している。

カイコは抗体を含むタンパク質の「生産工場」としての機能が優れている
●カイコの特長
カイコ 哺乳類細胞 カイコの特徴
スピード 丸 三角 哺乳類細胞の160万倍のタンパク質合成速度を持つ。小規模生産にも適している。
コスト 丸" 三角 設備への投資が小さく、生産コストが低い。バイオ医薬品単価の大幅な削減が可能。
品質 circle circle_g 高分子タンパク質の生産が可能。遺伝子組み換えによるヒト型糖鎖修飾が可能。
純度 circle バツ 繭や絹糸腺からの抽出が容易で、不純物の混入が少ない。
安全性 circle 三角 人間に感染するウイルスの混入は、今までの歴史で確認されていない。
※注:農水省の資料を基に作成、哺乳類細胞は培養タンクで増殖させる

「オーダーメード医療」にも

 エイズは患者ごとに病状が異なるため「オーダーメード型」の治療薬を作れれば理想だ。カイコは1匹ずつ、吐き出す糸を変えることができる。免疫生物研が狙うのは大量供給だが、「融通が利きやすい」というのが関係者のカイコ評だ。遺伝子に傷がついて異常な細胞が広がるがんの治療にも、カイコの持つ柔軟性は優位に働きそうだ。

 農研機構も新技術の開発に躍起だ。例えば「クモ糸カイコ」。オニグモの遺伝子を注入したカイコで、吐く糸は通常の糸よりも5割ほど強く、伸縮性が高い。「さらに切れにくく改良し、細さと強さが求められる手術用縫合糸への活用を目指す」(門野領域長)。糸に抗体を組み込めば、体内で染み出す医薬品の開発につながるかもしれない。

 関係者の多くは「技術は確立している」と口をそろえる。ただ現時点で、医療への実用例は少ない。製品化に至っているのは日東紡グループの骨粗しょう症の診断薬、免疫生物研のアルツハイマーの検査キットなど数えるほどだ。

 背景には、大手製薬会社の協力が得にくいという事情がある。製薬各社は培養タンクなど従来手法に巨費を投じている。斬新な技術の登場は既存の手法の陳腐化を招く。「リスクを取って新たな手法に取り組むモチベーションは高くない」と関係者は顔を曇らせる。

 今年3月には、アステラス製薬と免疫生物研のプロジェクトが打ち切られた。カイコを使った止血用タンパク質「フィブリノゲン」の共同研究で、カイコの活用に風穴を開けると業界の関心は高まっていたが、「生産量が計画に満たなかった」(免疫生物研)のだという。

 とはいえ、カイコが吐く糸の可能性は陰らない。群馬県の農家では蛍光シルクを生む遺伝子組み換えカイコの飼育が始まった。狙うは「光る服」や「光る壁紙」だ。化粧品としても繭から精製したコラーゲン成分の活用が広がってきた。そして今、「本命」とされる医療への応用が始まろうとしている。

 かつて多くの外貨を稼ぎ、日本の近代化を支えたカイコ。国内で新たな産業を生み出すには、世界に先駆けて成功例を作ることが重要だ。