海草・海藻が二酸化炭素を吸収する「ブルーカーボン」機能に建設関係者が注目する。藻場の造成に、建設工事などで発生する土を使う可能性があるためだ。生態系を育むのに適した防波堤の構造などの研究も進みつつある。
(日経ビジネス2018年6月11日号より転載)
港湾施設の技術基準が4月、11年ぶりに大幅に改定。「港湾の持続可能な発展のため、自然環境を修復し、港湾の機能について環境へ配慮する」ことが明記された。
これによって、生物共生型の防波堤・防潮堤などを整備する際、機能を損なうことなく環境を保全するための基準ができた。港湾についての国土交通省令などには「環境の保全を図ること」が追加された。
先立つ形で環境配慮型の防波堤の整備に取り組んできたのが、国土交通省の四国地方整備局だ。高知県須崎市の須崎港湾口地区防波堤では、防災目的で改良を加えた箇所に藻場(もば、海藻が茂る場所)を造成している。
須崎港湾口地区防波堤の改築した箇所に、藻場を造成した結果、藻礁基盤に生育したマクサ(写真=国土交通省四国地方整備局提供)
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海藻であるカジメを移植。食害によって一部消失したものの、養生や生育、再生産を確認できた(写真=国土交通省四国地方整備局提供)
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“浅瀬”を利用して藻場の造成を実証実験 ●須崎港湾口地区防波堤の断面図
(図=国土交通省四国地方整備局提供)
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藻礁基盤の材料となった人工砕石の鉄鋼スラグ。スラグに含まれる鉄分が海藻などの生育を促す(写真=国土交通省四国地方整備局提供)
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藻礁基盤の設置作業(写真=国土交通省四国地方整備局提供)
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●二酸化炭素を吸収するメカニズム
出所:桑江朝比呂・港湾空港技術研究所沿岸環境研究グループ長
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●2030年の二酸化炭素の吸収量見込み
出所:ブルーカーボン研究会
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排出量を考慮した推計値。ブルーカーボン生態系のグラフは上限値を基に作成。基準年の値は、森林・農地土壌・都市緑地は地球温暖化対策計画における2013年度の実績値、ブルーカーボン生態系は既存の知見(藻場面積は2009~10年、マングローブ林・干潟面積は1996~98年)による推計値 |
この防波堤は2013年度から改良に着手。津波が流れ込んで防波堤が削れないようにする工事を行った。そのときにできた“浅瀬”は光が当たりやすく、藻場に適している。これを生かし、15年度から藻場造成の実証試験をスタート。100mほど造成したところ、移植した海藻のカジメの生育、ワカメの繁茂などが確認された。
海藻が生えるベースとして設置した人工砕石の鉄鋼スラグ(副産物)は鉄分を含む。これは海藻などの生育を促す効果もある。18年度は水深の浅いエリアでも、造成試験を行う。
海中にある藻場では生態系を維持する上で様々な役割が期待できる。例えば、海藻が大幅に減少する「磯焼け」と呼ばれる現象への対策になる役割のほか、小さな魚など生き物が生育する上での「ゆりかご」としての役割もある。そんな中で最近になって急上昇しているのが、藻場の「ブルーカーボン」としての役割だ。
水底の泥にも炭素が“たまる”
ブルーカーボンとは、大気中の二酸化炭素を吸収し、海底の堆積物中に有機物を貯留する機能を指す。温暖化対策の新たな可能性を担う場として注目を集めている。今回の技術基準の改定でも記載された。
浅瀬の海草などは光合成で二酸化炭素を吸収する。しかし、海草は枯死すると海底に沈降。含まれていた炭素はそのまま海底の堆積物中に埋没する。海底は酸素の供給がなく有機物が分解されないため、そのまま炭素が吸収された状態になる。
「あまり知られていないが、海底の植物だけでなく水底の泥にも炭素が“たまる”。炭素がいったん深い海に流れ出ると、浮き上がるまでに時間がかかる。このため、半永久的に二酸化炭素の吸収効果が期待できる」。海上・港湾・航空技術研究所港湾空港技術研究所の桑江朝比呂沿岸環境研究グループ長はこう説明する。
●ブルーカーボンで生まれる新たな仕事
注:関係者への取材などを基に日経コンストラクションが作成
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沖縄県にある浦添第一防波堤。タイドプールを造ってサンゴの成長を研究している。飛沫が上がるタイドプール間の目地部で、サンゴが育っていることが分かった(写真=港湾空港技術研究所提供)
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浦添第一防波堤の護岸の直立部に生育しているサンゴ(写真=港湾空港技術研究所提供)
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ブルーカーボンの機運が高まったのは、15年に開いた国連気候変動枠組み条約の第21回締約国会議(COP21)で採択された「パリ協定」の影響が大きい。温暖化ガスの排出削減目標を掲げた約束草案において、ブルーカーボンを活用した二酸化炭素の吸収に取り組むと宣言した国は協定参加国のうち2割あった。
これに対し、日本は約束草案で宣言していない上、地球温暖化対策計画において、吸収源対策としても認めていない立場だ。それでも国交省は17年に学識経験者などで構成する「ブルーカーボン研究会」を設立。18年3月に初めて、ブルーカーボンによる二酸化炭素の吸収量についての試算結果を明らかにした。
森林や農地土壌を含む全二酸化炭素吸収量のうち、ブルーカーボンの生態系の吸収量は現状でも10%程度あることが判明。さらに今後、港湾事業で発生するしゅんせつの土砂を使って海草・海藻の藻場を造成すれば、ブルーカーボンの生態系の割合が30年に最大で25%に上る見込みがあるという。「藻場はこれまで自然に失われる一方だった。しかし今後、環境の再生を進めていけば、試算した吸収量が増える可能性は十分にある」。研究会で委員長を務める東京大学大学院新領域創成科学研究科の佐々木淳教授はこう話す。
ブルーカーボンの吸収量が増える可能性が高い理由は他にもある。例えば、試算ではノリなどの養殖場の吸収効果を踏まえていない。さらに藻場を造成する面積についても、将来の公共事業で見込めるしゅんせつ土を投入することだけを前提としており、民間の港湾事業は含んでいない。
さらに、藻場造成に使える土砂は海の中に限った話ではない。陸上での建設で発生する土も対象になる。近年では埋め立て先の確保が難しくなり、建設現場で発生する土の処分は喫緊の課題になりつつある。
特にこれから東京外環自動車道やリニア中央新幹線のトンネル工事が本格化すれば、状況はさらに悪化する。水質や生態系に悪影響を及ぼさないように調査して選別する必要はあるものの、最終的に二酸化炭素の吸収につながるならば、藻場造成への活用を検討する余地が十分にある。
生態系を育む防波堤の設計
これからの課題は生態系を育む上で、より適した藻場の設計だ。
内閣府沖縄総合事務局と港湾空港技研は17年度からサンゴが付きやすく成長しやすい防波堤の構造を研究している。分かってきたのが、波の飛沫が上がる防波堤の継ぎ目ほどサンゴが付いていることだ。「ある程度、流れが乱れたほうが光が当たりやすく、浮遊物も付きにくい」(港湾空港技研の桑江沿岸環境研究グループ長)
これを応用すれば透明度がある程度低い海域でも、継ぎ目を設けることなどでサンゴが付きやすくなる。「温かい水温で育つサンゴだけでなく、他の海草などにも適用できる。大型の海草なども適度に波で揺れないと、近くの窒素やリンを吸収できないという研究結果がある。海水が適度に交換されることで新しい栄養塩(海藻などに不可欠な塩類)を摂取できる」と、桑江沿岸環境研究グループ長は指摘する。
施工業者や設計会社以外にも、鉄鋼スラグを供給する企業から関連する金融商品を取り扱う金融機関まで、ブルーカーボンをめぐるビジネスは多様な可能性がある。海に眠る市場から目が離せない。
日経コンストラクション
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