最新の耐震設備や停電対策設備を備え、災害時にもITシステムを守るデータセンター。その施設が、故障の要因にもなりかねない「禁じ手」を使ってまで、省エネルギー化を推し進めている。スマートフォンの普及やAI需要の急増に加えて、「アマゾン・エフェクト」が迫っているからだ。
(日経ビジネス2018年4月23日号より転載)
NTTデータの最新データセンター(DC)「三鷹EAST」は、既存のDCに隣接するように立ち並ぶ
東京都三鷹市にある関東最古の公団住宅前で、今年4月、最新のデータセンター(DC)が稼働した。NTTデータが運営する「三鷹データセンターEAST(三鷹EAST)」だ。今後に予定されている2期工事が完了すると延べ床面積は約3万8000m2に拡張され、国内最大級のDCとなる。特徴は建物の設計段階からAI(人工知能)活用を想定していることだ。
DCの需要が国内外で高まっている。最大の理由はスマートフォンの爆発的な普及だ。インターネットにつながる端末が急増し、高画質の動画配信が浸透するなど通信回線の負荷も高まる一方だ。総務省によれば2017年、国内のインターネット上でやり取りされたデータ量は1日当たり約120ペタ(ペタは1000兆)バイトに達し、3年前の3倍に増えた。
一方で、手元のスマホやパソコンは処理能力が限られている。搭載する電池容量などを考慮しても、実際の計算処理はネットの“向こう側”でまとめて実施する方が効率的だ。こうした背景から、「ITは集約化の一途をたどっている」とNTTデータの坂本忠行ファシリティマネジメント事業部長は話す。
実際に、国内のDCでは大規模化が進んでいる。1つの拠点で管理するサーバー台数を増やせば増やすほど、耐震装置や発電機、冷却装置などの設備を共通化できる。運用担当者の数を減らせるほか、セキュリティーにかかるコストも抑えやすいからだ。
「電力」と「排熱」が課題
この傾向に拍車をかけているのがAIの活用だ。AIは膨大なデータを分析処理する際に大量の電力を使い、大量の熱を排出する。このため電力供給や冷却の設備が整った施設でないと、AIの本領を発揮するのは難しくなりつつある。三鷹EASTではAI需要を見込み、最大4万kVA(キロボルトアンペア)の電力供給能力を備えた。一般家庭1万世帯以上に電力供給できる規模だ。
この大量の電力とどう向き合うかが、DC事業者の競争力を左右する。省エネは電気代削減に直結し、安い利用料でサービスを提供できるようになるからだ。焦点は「冷却」にかかるエネルギー。サーバーが稼働するとCPU(中央演算装置)などで膨大な熱が発生する。排気温度は通信に使うLANケーブルの耐熱限界である70度に迫る。放置していては故障につながりかねない。
吸気と排気を明確に分けた「ホットパティオ・コールドパティオ」と呼ばれる省エネ設計が特徴
そこで三鷹EASTは様々な工夫を凝らしている。最大の特徴は「外気」を使ってサーバーを冷却する仕組みを採用したことだ。冷たい外気の通り道(コールドパティオ)と、熱い排気の通り道(ホットパティオ)を明確に分離。上昇気流を活用して、吸排気の電力消費を抑制する。国内のDCの多くは室内でサーバーの「向き」をそろえることで熱風が通るルートを制御しているが、建物の設計から考慮しているのは珍しい。
自然の力を活用できる一方で、外気利用には難点がある。温度や湿度が一定ではなく、ホコリなども混じっていることだ。空気が清浄な地域ならばともかく、三鷹のような都市部で外気を利用するのは“禁じ手”とされていた。NTTデータの坂本事業部長は「サーバーの耐温・耐湿度性能が向上したため、外気利用がしやすくなった」と明かす。
特に稼働率が高く熱がこもりやすいAI用のサーバールームでは、直下に専用の冷却フロアを設置して空気の循環効率を高めている。
電力変換ロスも減らす。電力会社から供給される商用電力は交流だが、DCでは無停電電源装置を充電するため直流に変換する必要がある。この後で、交流に再変換するのはムダが多い。三鷹EASTでは「直流給電」に対応したサーバーを利用できるようにし、変換時に生じるロスを抑制する。
こうした工夫により、三鷹EASTではDC性能の目安となる「PUE」で1.3を実現した。DC全体の消費電力を、サーバーを稼働させるのに必要な消費電力で割った値で、1に近づくほど空調などのエネルギーを削減できていることを意味する。15年ごろはPUE2.5以下が環境に優しいDCといわれていた。
DCを利用する側の企業にとっては、立地も重要な要素になる。機器搬入やメンテナンス、トラブル対応には自社のIT担当者をDCに派遣する必要があるからだ。「本社でもIT機器を管理しており、DCは往復しやすい都市部に構えたい。(PUEが低いので)利用料も魅力だ」と、三鷹EASTの利用を検討している企業のIT担当者は話す。
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GMOインターネットが北欧に作った仮想通貨のマイニング専用データセンター。システムの安定稼働よりも省エネが優先。むき出しのサーバーが普通の棚に並び、仮想通貨の取引をデータ化し続けている |
一方で、人里離れた場所でも相次ぎDCがオープンしている。上の写真はネットサービス大手のGMOインターネットが17年12月、北欧のある国に稼働させた施設。「冷涼な空気を利用し続けられるメリットを重視した」と山下浩史専務は説明する。理由ははっきりしている。このDCはビットコインなどの仮想通貨の「採掘(マイニング)」に特化した専用施設なのだ。
マイニングとは、暗号を解いて仮想通貨の取引を承認する作業のこと。大量の計算が必要になるが、いち早く解ければ報酬の仮想通貨が得られる。ビットコインでは計算に平均10分かかる暗号問題が出され、1日約1億8000万円相当の報酬が支払われる。マイニング専用DCは、電気代を支払ってビットコインを買っているようなものだ。
従来型のDCの常識と、効率を最優先するマイニング専用DCのそれは大きく異なる。三鷹EASTなどでは配線や保守の効率を考えて、専用ラックなどにサーバーを整然と配置する。
一方、GMOのDCでは基板がむき出しになったサーバーが普通の棚に並んでいる。故障は気にしない。バックアップやメンテナンスにコストをかけるぐらいなら、新しい機器に交換した方が効率的だと考える。無停電電源や発電機といった設備も備えていない。設備の運用コストを徹底して省き、冷却には外気をそのまま使うためPUEは1.02以下だ。GMOは「年間約100億円をマイニング事業で稼ぐ」(山下専務)計画で、寒冷地にDCを増やしていく方針だ。
「アマゾン・エフェクト」がここにも
AIや仮想通貨などが台頭し、あらゆる業界でITの重要性は増す一方だ。今後、データを処理する需要が右肩上がりで増えるのは確実だ。ところが、DC事業者にとっては追い風ばかりではない。米アマゾン・ドット・コムの参入によって旧勢力が淘汰される「アマゾン・エフェクト」が、DC業界を席巻しているからだ。
企業が独自の情報システムを構築する場合、以前はDCに場所を借りて自社所有のサーバーを設置するのが普通だった。ところがアマゾン傘下のアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)が提供する「クラウド」を利用すれば、そんな手間は必要ない。AWSがネット経由で貸し出す処理能力を、必要に応じて利用できるからだ。
AWSが06年にサービス開始した当初は利用料が高く、機能や処理能力も限られていた。そのため多くの企業は利用を尻込みしていた。
しかし規模の経済が働きやすいのがDC事業だ。顧客が増えるたびにAWSは値下げを敢行し、18年5月時点では通算61回に達した。機能や処理能力も相次いで拡充している。米グーグルや米マイクロソフトといった大手もクラウド事業に注力し、競争は一層激しさを増している。用途によっては既にクラウドの方が安く使えるようになり、使い勝手の改善も進んでいる。
2021年にはクラウドが約半分
●国内データセンター市場規模予測
注:IDCジャパンの調査データを基に作成。従来型データセンターは調査データの「コロケーション」と「従来型ホスティング」を合計したもの。国内市場規模の予測
その結果、国内DC市場の成長のけん引役はクラウドに変わっている。調査会社IDCジャパンの予測によると、従来型DCの市場規模は横ばいを続けるのに対し、クラウドのそれは16年から21年の5年間で約3倍に伸びる。
既存のDC事業者は省エネをさらに推し進めて価格競争力を高めつつ、アマゾンにはない付加価値を提供しなければならない。例えば、システムの管理や運用も請け負ってトータルでのコストを安くするサービスなどだ。
アマゾンなどのクラウド大手の侵攻は止まらない。冒頭の三鷹EASTは従来型DCだが、その一部はグループ会社がクラウドサービスを運営するための施設として使っている。NTTデータなどのDC事業者は、設備と場所を貸すだけにとどまらない、新たな市場競争を迫られている。
(広田 望)
(写真=Monty Rakusen/Getty Images)
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