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 女子レスリングで五輪4連覇中の伊調馨選手へのパワハラで4月、強化責任者を退任した。「チームの和を乱す行動を注意した」というが、選手とのコミュニケーション不足は否めなかった。今年1月にパワハラ騒動が起こって以来、栄氏が初めて単独取材に応じ、あふれる思いを語った。

(日経ビジネス2018年10月22日号より転載)

[日本レスリング協会前強化本部長]
栄 和人氏

1960年鹿児島県奄美市生まれ。選手では88年ソウル五輪に出場。女子コーチに転じ、指導者の頭角を現した。至学館大学の監督などとして五輪メダリストを8人育成。2008年から日本代表女子、15年から日本代表男女の強化責任者を務めた。

SUMMARY

選手へのパワハラ騒動の概要

1月、「栄氏の伊調馨選手へのパワハラがあった」とする告発状が内閣府公益認定等委員会に提出された。栄氏と日本レスリング協会は否定したが、第三者委員会での調査の結果、一部でパワハラが認定された。栄氏は4月に強化本部長を辞任。8月には至学館大学からも去った。ただ、告発状に虚偽の内容があったとして、名誉毀損で田南部力氏を訴えた。

 レスリング五輪金メダリストの伊調馨さんとコーチの田南部力氏に対するパワーハラスメント問題をめぐり、関係者の皆様には多大なるご迷惑をおかけしました。第三者委員会の調査報告で、2010年と15年に計4項目のパワハラ行為があったと認定されました。選手のためを思ってやったことでしたが、相手への説明が十分ではなく、納得に導くことができませんでした。指導者として未熟だったと反省しています。多くの人々の期待を裏切る形になってしまい、申し訳ありません。

選手とコーチの目に余る行動

 今回の件で、多くのマスコミから「伊調選手に冷たく当たるのは栄の嫉妬だ」と指摘されました。これは違います。嫉妬という感情は全くありません。伊調さんはもともと教え子ですから、どこで練習しようと、強くなってほしいと思うのは当然です。

 ただ、目に余るところがあれば注意もします。いかにスター選手でも、自分勝手が過ぎるとチームの士気に影響します。1人の選手のわがままがチームの和を乱すことは許されません。私は強化責任者として、全体の最適を考えて行動してきました。

 パワハラとされた項目について、私なりの言い分はあります。まず10年2月、女子日本代表合宿で伊調さんを部屋に呼び「よく俺の前でレスリングできるな」と話したとされる件です。

 伊調さんは当時、警視庁の男子レスリング部の練習に参加しており、そこのコーチが田南部氏でした。田南部氏の伊調さんへの思い入れが強かったのだと思いますが、警視庁の所属選手から「コーチが(練習を)見てくれない」と不満が寄せられるようになりました。田南部氏がコーチをしていた全日本男子の選手からもクレームを受けました。

 そこで、伊調さんに「練習に行ってもいいが迷惑をかけないように。コーチを独占するなら練習後にしなさい」と注意しました。これは、女子選手を統括する立場として、です。ただ、態度は改まりませんでした。

 その後、女子の代表合宿に田南部氏が来るようになりました。女子代表コーチの指導に従わず、2人だけで練習をする。他の女子選手から「目のやり場に困る」「気が散る」といった声が出たこともあり、「何回言っても分からんのか。俺の目の前でよくそんなことできるな」と言いました。

 注意した場所は練習場です。「部屋に呼んだ」というのは記憶にありません。10年9月、田南部氏に「伊調の指導をするな」と話したとされるのは、他の選手に迷惑をかけないでほしい、という脈絡でのことです。