さらに、本業である別荘地の様子が変わった影響もあるかもしれません。本業で管理する物件は約4800区画あり、建物は3400軒ほどあります。かつてはリゾートにある別荘としての利用がほとんどでしたが、最近では実は大都市などで仕事をリタイアした人が「景色のいい場所に住もう」と移住するケースが増加。この結果、6割ほどが定住者となり、リゾートに友人らと遊びに来た方が施設に立ち寄るケースは減ったように思います。

 後継者がいなかったことも、閉鎖の大きな理由となりました。私は82歳となり、これから先を考えると早晩お客様にサービスしきれない場面が出てきます。誰かに継いでもらい維持したい気持ちもあったのですが、息子は地元を離れて関西の大手メーカーに勤務して、美術品に関心がありません。「オヤジと世界観が違う。押しつけないでほしい」と言われてきました。価値観がここまで違う以上、無理に継いでもらうわけにはいきません。

「行政に寄付」はありえない

 例えば伊東の旅館を見ても、経営が3代以上続くのは本当に一部の旅館です。世代を超え価値観を伝え続けるのはそれだけ難しい、と自覚しています。

 収蔵品の今後については少し時間を置いて考えます。行政に寄付? いいえ、それだけは絶対にありません。本業を振り返ったとき、「行政はずるい」とずっと反感を持ってきましたから。

 もともと山地だったこの地での別荘地の開発は大変でした。様々な場面に直面し、私は必要な資格があれば何でも取りました。不動産取引関連だけでなく、ガソリンスタンドを造るときにはその運営にかかわる資格を取得したし、建築や土木、船舶、調理師の免許も取り、課題を解決していきました。

 最も困難だったのは道路と水でしたが、行政は頼りになりませんでした。どれだけ説明しても「あなた方が開発するのだから道路も水も自分たちでやらなければならない」と繰り返すばかりで本腰を入れてくれなかった。このため自前で取り組むしかなく、道路は自力で整備した総延長距離が72kmに達します。水は近くの水源地だけでは不足したため地面を掘削して地下水をくみ上げることを決め、日本で数少ない民間の水道会社を立ち上げました。

 これだけ苦労して自前でインフラを整えたのにもかかわらず、土地の価値が上がっても、行政は税金をしっかり徴収するばかり。その税金も地域にしっかり還元してくれたとは言えません。だから寄付はしません。

 振り返れば、施設が開業した93年はバブル経済の崩壊と重なります。私も本業が打撃を受けました。無理な商売をしなかった分、乗り切ることができたものの、そのまま別荘地全体の活気が戻らなければ、やがて本業にも深刻な影響が及ぶことは確実な情勢でした。

 このとき、地域の活力源にしようと発想したのがアートや文化だったのです。世の中全体を見ると、アートから資金が離れる状況でしたが、だからこそ本物の作品を味わえる場所が価値になると逆の発想で臨みました。そう考えると、私にとって美術館運営は単なる事業の枠を超えていたと思います。 トータルの入館者数は約334万人。閉館を惜しむ声は多数届きましたが、私なりの表現で言えば「花だって散るから桜がいい」のです。だから「あの場所にこんな施設があった」。そう人々の記憶に残れば十分だと考えています。未練を残さないのも、消えていくのも一つの美学だと受けとめています。

ガラス工芸などの名品をそろえていた(左)。25年の歴史に幕を閉じた(右)