ガレのガラス工芸品などを多数収集し、評価が高かった展示施設が閉館。惜しむ声が相次ぐ。時代の変化で入館者数がピークの5分の1に減少したうえ、後継者が見つからなかった。今後は未定だが、館長は本業での経験を踏まえ「行政に寄付するといった考えはない」という。

(日経ビジネス2018年6月18日号より転載)

[伊豆ガラスと工芸美術館館長]
片山 劼氏

1936年静岡県伊東市生まれ。61年学習院大学卒業後、東拓伊豆開発入社。75年、同社から分離独立し、別荘地管理などの伊豆総合産業を設立して社長に就任。93年に伊豆ガラスと工芸美術館の運営を開始。25年間、館長を務めた。

SUMMARY

ガラスの「名所」閉館の概要

伊豆ガラスと工芸美術館は1993年5月、静岡県伊東市にオープン。館長の片山氏が個人で収集した欧州のアールヌーボー、アールデコ期のガラス工芸品などを展示していた。ピークの96年には年間約30万人の来館者があったものの、近年は減少が続いた。開業から四半世紀を迎えた2018年5月13日、惜しまれながら閉館した。

 25年間、運営を続けた伊豆ガラスと工芸美術館を5月13日に閉館しました。来館者の減少、後を継ぐ人がいないことなどが重なり、役目が終わった、と考えています。

 施設ではエミール・ガレをはじめとしたガラス工芸品を中心に約1500点を所蔵。これらは50年ほどかけて、私が個人的に集めた作品です。地方にある施設ですが、所蔵品がNHKの美術番組で取り上げられたほか、各美術大学の先生方など専門家の方にも多数訪問していただきました。コレクションの評価は高かった、と自負しています。

伊豆ガラスと工芸美術館は伊豆急行の伊豆高原駅からバスで15分ほどの場所にあった。

入館者数はピークの5分の1に

 私は施設の周辺にある別荘地の管理や売買などが本業です。このため館長として施設に1日中、滞在するわけにはいきませんでした。それでも四半世紀の間、営業している日は出張と重ならない限り顔を出し、朝一番でおいでになったお客様には直接、作品の解説をしました。職員には日報を提出してもらい、必ず目を通しました。閉館でこうした日課もおしまいになりました。

 閉じた理由の一つは、やはり入館者数が減少したことです。1993年のオープンから数年間は毎年20万人以上が訪れました。ピークは96年で、既にバブルは崩壊していましたが、来館者が30万人を超える盛況ぶりでした。

 しかし、ここから来館者数が次第に減少していきます。いろいろな工夫もしましたが、最近は5万人台に落ち込んでいました。ピーク時と比べたら5分の1です。当然収益面にも影響し、5年ほど前からは赤字となっていました。

 来館者数が減少した理由を私なりに考えると、お客様の趣味嗜好が美術から離れたことが挙げられると思います。若い人は皆スマートフォン(スマホ)に夢中になっているし、テレビをつければお笑いやバラエティー番組ばかりが目立ちます。また絵画とマンガを比べたら後者を楽しむ人が多いのです。

 こうした時代の変化の中では、ガラス工芸品などの展示に対する関心が低下する面がありました。人々の興味はいつか戻ってくるはずですが、すぐにとはいきません。オープンから時間が経過するうちに、飽きられてきた面もあったでしょう。

 来館者数の減少には、施設のある伊東周辺の観光動向も関係するとみています。例えば、外国人観光客(インバウンド)は東京ではすごく増えていますが、施設の辺りではそこまでいきません。インバウンドの方は日本の「都会の文化」を求め、伊豆にあるような「自然の美」に関心を持つ人がまだ少ないと思います。