「小池劇場」で血祭りに上げられた

作家という言葉を操る仕事をする石原さんなら、メディアともっと、うまく付き合うこともできたんじゃないですか。

石原:そんな器用な人間じゃねえな、俺は。

 メディアには随分とひどい目に遭わされたよ。小池(百合子氏、現都知事)の人気が高まり、豊洲の問題で俺は、血祭りに上げられた。ワイドショーでは、「善」の小池に「悪」の石原という構図が最初から決まっていた。当時は、家の前に記者やカメラマンがたくさんいて、散歩に行くこともできなかった。あの時はストレスが溜まって、本当に参ったよ。

 産経(新聞)なんかも、小池に媚びたせいかどうか知らないけど、人気のあった「日本よ」というコラムを当面の間、休止してくれと言ってきた。君がそうなら結構だ、書かないと止めちゃった。今でも、訳が分からないな。

あっという間に「小池ブーム」も去りました。

石原:今の都の役人は、可哀想だ。「取り巻き」が知事の回りを固めていて、都の職員から見ればさながら「GHQ(占領軍)」のように映るだろうよ。

 現場を知っているのも、効果的な政策が何であるかも、全部知っているのが役人だ。その役人が知事とまともにコミュニケーションできない状況が続いている。それで「ああしろ、こうしろ」と指示だけが降ってくるんだから、たまったもんじゃない。

 政治は一種の独裁だよ。それでも、役人の言うことを聞いて、「君の言う通りだ。それで行こう」と判断することが政治家の器量だ。

(写真:村田 和聡)

 都知事を務めた14年間で、私もずいぶんといろいろなことをやった。ディーゼル車への排ガス規制、東京マラソンの実施、臨海副都心の再開発、そして大手銀行に対する外形標準課税など、どれも役人がアイディアを持っていたもの。都の財政にバランスシートの考え方を導入したのも、中地(宏氏、当時の日本公認会計士協会会長)さんに協力してもらった。周囲の知恵をうまく吸い上げて、それを形にするのが政治家の役目だ。

都知事時代を振り返ると…

石原:面白かったよ。やることやったしね。国会議員なんかよりも、よっぽど手応えがある。仮に閣僚になったって任期は1年か2年でしょう。すぐ辞めて、次に代わる。総理大臣だってそう。竹下さんが昔、しみじみと言っていたな。「歌手3年、総理2年の使い捨て」って。

 歌手は1曲当てると3年は食っていける。売れなくなってもキャバレーで歌えるから3年は食いつないでいける。それに比べて総理は3年どころか2年でくるくる代わる。竹下さんという人も一種の天才だったな。