石原:今、思い返しても腹が立つ。

 そもそも官邸の要請で、東京消防庁から消防車と特殊部隊を現地に送り込んだ。ところが派遣した部隊から連絡があって、政府から指定された場所に待っていたけど、全然迎えがやってこない。それで一旦、東京に引き返した。

 それで阿久津くんに「隊員は皆、家族と水盃(みずさかづき)まで交わして出掛けていったのだから、きちんとした体制を整えてくれ」と要請したんだ。そしたら「すみませんでした、手違いでした」というから、翌日、出直した。

 今度は現地の案内係と連絡が取れて、特殊部隊は現場に到着することはできた。しかし、周囲には瓦礫がたくさんあって、なかなか放水できない。ベテランの隊員たちが四苦八苦して、なんとかホースを繋いでいるところに、現地の指揮官に官邸から「早く放水を開始しないと、処分するぞ」と警告が出された。

 こんな理不尽なことがあるか。自分たちは現地に行かず、お前らの手違いで人を待たせておいて、命がけの覚悟で現地に赴いた隊員に「命令を聞かなければ処分する」などと高圧的に命令するなど言語道断だ。

 頭に来たから、菅総理に会わせろと官邸に連絡した。そしたら総理は忙しいと断ってきたので、「それなら俺は官邸に行って勝手に抗議の記者会見を開く」と言ったら、側近が慌てて、今度は総理に会わせるという。それで菅総理に直接、「現場で命を賭けている隊員を処分するとは、そういう失礼なものの言い方はだめだ。発言した人間にちゃんと責任を取らせろ」と言った。そしたら、結局、海江田(万里氏、当時経済産業大臣)が後で謝ったんだそうだ。

 そういう経緯もあり、その後の菅内閣の右往左往ぶりを見ると、無力だったと思うね。

震災当時は民主党(現民進党)政権だったわけですが、自民党政権だったらそこまでひどいことはなかったんでしょうか。

石原:もうちょっと、管理能力とかあったんじゃないかと思いますね。

誰かがリスクを負わないといけない

東日本大震災の後、瓦礫の処理でも東京都は大きな役割を果たしました。被災地からの瓦礫を受け入れることに対して、一部の都民からは反対の声も上がりました。それでも敢えて、東京都がいち早く受け入れを表明したのはなぜですか。

石原:それはやっぱり、誰かがリスクを負って処理しなきゃいけないから。東京だって空き地がないわけでもない。何も放射能で汚染された瓦礫を都内まで持ってきて燃やすというわけじゃない。きちんと(放射能を)測って、問題のない瓦礫を処理するスキームをきちんと整えてから行動している。東京都はそんなバカじゃない。

2011年11月5日の都知事定例記者会見の様子。「被災地からの瓦礫を受け入れないでほしいという要望が3000件以上、都庁に寄せられたことに対して石原都知事は反論した