地震・津波対策のために、平井は古文書の記録を詳細に研究し、869年に起きた貞観地震に注目した。女川原発の標高14.8mは貞観地震の津波の記録から平井が独自に算出したものらしい。「技術者には法令に定める基準や指針を超えて、結果責任が問われる」というのが平井の信条だったという。

1958年の東電と、2007年との差

 今、私の手元に、「原子力発電ABC」という180ページほどの小冊子のコピーがある。1958年に東京電力社内報に連載された記事を一冊の本にまとめたものだ。おそらくは社員に配布されたのだろう。

 社内報連載のまとめなので、一般向けパンフレットに毛が生えた程度の内容かと思えば然にあらず。核分裂を巡る核物理学の原理解説から始めて、各種原子炉の構造と動作原理、国内外のウラン資源の分布、さらには当時の国内外の原子力開発体制に至るまで、 現在の一般書でもあり得ないほど高度な内容を平易に解説している。

 これが社内報に連載されたということは大きな意味がある。つまり1958年時点の東電経営陣は、原子力発電のなんたるかを、事務職技術職を問わず、すべての社員が熟知しているべきと考えていたということだ。これは、「責任を持つ会社」の有り様である。

東電の社内報からまとめた「原子力発電ABC」

 が、21世紀の東京電力にそのような責任感はあったのか?

 平井弥之助が貞観地震の古記録に注目して女川原発の安全性確保に役立てた後も、貞観地震の研究は進歩し続けた。地質学者達は太平洋側沿岸各所に残る津波の堆積物を実際に調査することで、記録が残っていない福島県や茨城県の沿岸でも、貞観地震の時に非常に高い津波が襲来していたことを突き止めた。