資本効率や株主還元に関心の薄かった企業が慌てふためいている。高まる株主からの要求を受け、次々に経営計画や配当増を打ち出した。今年から本格的に始まる「ROE総会」が、あらゆる企業に変革を迫る。

注:「ROE」は2015年3月期と目標値。「配当性向」は2016年3月期の目標値。「非主力事業比率」は2015年3月期の紳士服事業以外の営業利益が全体に占める割合(写真=上:橋本 正弘/下:陶山 勉)

 紳士服チェーン最大手の青山商事は6月26日に株主総会を開く。今年、株主に送る招集通知とは別に、1通の文書を作った。文面は「ROE(自己資本利益率)が5%を超えました」。

 送り先は米インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)。議決権行使を投資家に助言する最大手だ。ISSはROEが過去5年平均と直近決算期でいずれも5%を下回る企業に対し、総会での経営トップ選任案に反対する指針を表明している。

 「文書で5%超えを伝えることができて、ほっとした」と青山商事の宮武真人副社長は言うが、なぜ、ここまでISSに気を配らなければならないのか。

 話は1年半前に遡る。

 「どうしてうちが漏れたんだ!」

 2013年11月、新たな株価指数「JPX日経インデックス400」の構成銘柄に、同業で業界2位のAOKIホールディングスが選ばれた。JPXはROEなど複数の基準で銘柄を選出する。AOKIのROEは青山商事を上回っていた。

 青山理社長の驚きは、自信の裏返しだった。創業者で父親の故・青山五郎氏の口癖は「俺が(AOKI創業者の)青木擴憲に商売を教えた」。店舗数や売上高、利益額など、紳士服事業ではAOKIには負けていないとの自負があった。

本業勝っても資本効率で負け

 明暗を分けたのは本業以外だった。青山商事は紳士服事業が営業利益の9割を占める。一方、AOKIは結婚式場やカラオケ店の運営などの新規事業が営業利益の4割以上。「紳士服事業が生むキャッシュを新規事業に回す循環が定着した」とAOKIの田村春生副社長は語る。

 手持ち資金を有効に使えていない青山商事と、資本効率を上げたAOKI。JPX採用銘柄の発表後、1カ月間の株価上昇率では差が付いた。

 企業を計るモノサシが変わり、株主の目は厳しくなった──。

 青山商事は動き出した。まずは株主比率で40%近い外国人投資家の理解を得ようと、初めて海外でのIR(投資家向け広報)活動を実施。「なぜキャッシュを多く抱えているのか」など質問攻めに遭う中、回答に困ったのは「株主還元の今後の方針は?」といった将来に対する見通しだ。そこで創業50年で初の中期経営計画の策定を決断した。

 3年間にわたって純利益の130%相当の株主還元を実施し、ROEを2018年3月期に7%以上に引き上げる──。今年1月末に発表した中計の資本政策を株主は歓迎し、市場も好感した。株価は中計発表翌日にストップ高を記録。その後も発表前と比べ、70%以上高い水準が続いている。

 最後に難所が待っていた。青山商事は2015年3月期決算を締める前まで、ROEが5%を超えるという確証がなかった。5%を切れば、総会で青山社長再任案への反対率が高まる恐れがある。そこで、約100億円の自社株買いを断行。ROEの計算式の分母である自己資本を圧縮し、帳尻を合わせた。

 宮武副社長は怒涛の1年半をこう振り返る。「過去の苦労から、キャッシュを手厚く持っておくべきとの考えが裏目に出た。総会を乗り越えるメドがついたが、これがスタート地点だ」。

 企業と株主が年に1度顔を合わせる株主総会。その風景が大きく変わろうとしている。

 かつて企業が恐れたのは「特殊株主」。総務部門は、大物総会屋の一挙手一投足を気にした。逆に、その他の株主は、さして気に留める必要がなかった。

 しかし今は違う。怖い相手は「普通の株主」だ。ROEが低く、ガバナンスに不備があれば即「社長失格」の票を投じる。そんな株主“騒”会を乗り切るには、株主やその助言役であるISSなどと対話し、理解を求めるしかない。

 対話を円滑に進めるには数値目標を掲げ、株主重視の姿勢を明確にする必要がある。31ページの表が示すように、昨年後半から多くの企業が追われるようにして株主還元やガバナンス強化を表明したのはそのためだ。なかでも企業と株主が重視するようになったのがROE。今年は「ROE総会」の元年だ。

 ROEの洗礼にさらされる企業。それは3月に開催された12月期決算企業の株主総会で現実のものとなっている。

 飲料大手のキリンホールディングスIR室主務、安武直幸氏は今年1月、ISS日本本社を訪れ、こう切り出した。「のれん代償却前のROEは5%を大きく超えている。投資家への説明文書にそう明記してもらえないか」。直近決算のROEは3%。ISSが指針として掲げる5%を下回る。総会で株主から厳しい突き上げを受ける可能性があるため、それを事前に防ごうとした。

 これまでキリンは企業買収で生じるのれん代の償却前の利益をベースとするROEを重視してきた。2014年12月期のその数値は8.6%。その前は2桁台を維持していた。だから経営成績はさほど悪くないということをISSにアピールしたが、担当者は「例外は認められない」と首を縦に振らなかった。

トップ選任案に反対票17%

 約2カ月後に開かれたキリンの総会で、不安は現実となった。磯崎功典社長の選任議案で、反対票が17%に達したのだ。前年の三宅占二前社長の時の3%から大幅な増加だ。人事案が否決されることはなかったが、賛成率が9割を割れば注目が集まり、経営陣への圧力が一気に高まる。総会の結果を受け、キリンは次の中計では、通常のROEを経営目標として掲げる予定だ。

 キリンばかりではない。下のグラフが示すように、3月の総会ではROEが5%未満の企業のトップ選任案への賛成率が80%台に落ち込んだ。コーポレートガバナンスに詳しいEY総合研究所の藤島裕三・主席研究員は「ISSの5%ルールよりも厳しい基準を持つ運用機関もある。ROEと経営トップの賛成率の相関関係は強まる」と話す。

ROE5%未満の企業の賛成率は9割以下に
●3月の総会におけるROE別経営トップ選任案への賛成率
出所:EY総合研究所
イラスト=タケウマ

 この大きな波は大企業を揺さぶる。

 「新日鉄住金よ、お前もか」。同社は3月に発表した中計で、初めてROE目標(10%以上)を掲げた。

 ROEは最終利益などを自己資本で割ってはじき出す。巨大な製鉄所を擁する鉄鋼などの装置産業は、自己資本が膨らみやすく、ROEを他業界と比較されると不利になりがち。そもそも新日鉄住金が重視してきたのは売上高経常利益率だ。事業の収益力を示すこの指標をベースに、新日本製鉄と住友金属工業の統合以来、生産設備集約など採算改善を進め、成果を残してきた。

 新日鉄住金の太田克彦副社長は、これまで「経常利益率が高まればROEも高まる」と再三、投資家に説いてきた。しかし風向きは変わった。太田副社長は言う。「最近のROE重視は我々だって分かっている」。

 続く4月下旬には同業のJFEホールディングスが初めてROE目標を公表した。新日鉄住金の中計発表前まで、JFEは「負債を増やすことで数値を高めることもできるROEの目標は、市場に誤解を与えかねない」(首脳)と逡巡していた。しかし業界トップの方向転換が効いたのか、結局、新日鉄住金に追随。ROEドミノにのみ込まれた。

ROEセットで買収防衛策可決

 ROEの神通力を逆手に取った企業もある。

 「ようやく承認された」。6月12日、ゲーム大手、カプコンの小田民雄副社長は、深い安堵感に包まれた。この日開かれた総会で、昨年否決された買収防衛策議案が可決されたからだ。

 復活劇の裏にはROEがあった。同社は今年の総会で初めてROEの数値目標を議案に入れた。2017年3月期までの3年移動平均のROEを、前期の6.7%から、8~10%に引き上げるというものだ。ROE目標を総会の議案に入れるのは異例。株主に中期的な成長の青写真を見せ、買収防衛策への理解を求める狙いが功を奏した。

 ROE総会に備え、企業は一気に動き出した。その副作用としてROEの目標が形骸化すれば、一過性のブームに終わりかねない。日本企業の資本効率向上の重要性を訴えてきた、みさき投資の中神康議社長は「経営者の意識の高まりは歓迎すべきだが、企業と投資家の目線が株主還元などに集中して成長と収益力向上が後回しになっては元も子もない」と警鐘を鳴らす。

 このような状況はなぜ生まれたのか。背景に、株高を演出するアベノミクスの思惑と投資家の動きがあった。

企業が一斉に動き始めた
●株主を意識した新たな施策や目標を打ち出した主な企業
注:HDはホールディングス
日経ビジネス2015年6月22日号 28~31ページより

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