高齢化社会に突き進む日本では老人の医療費増大が止まらない。だが、老人を悪者にしても何も始まらない。医学界と経済界を代表する2人の賢人は、「医を仁術に終わらせてはならない」と声をそろえた。

 国民医療費は2025年に50兆円を超え、そのうち6割以上が65歳以上の医療費が占める見込みだ。

日野原:医療界だけではなく、社会全体で考えるべき問題だと思います。まず無駄な医療をやめることです。医療を営業と考える医者は延命治療に夢中になりがちです。患者や家族には「長生きは良いことだ」という思い込みがあり、医者も延命した方がもうかるからです。しかしチューブにつながれて最期を迎えることが患者や家族にとって本当の幸せでしょうか。社会的にみれば膨大なコストがかかっている。

「死に抗うのではない」

聖路加国際病院名誉院長日野原 重明103歳1937年京都帝国大学医学部卒、41年聖路加国際病院に内科医として赴任。92年聖路加国際病院院長。96年から現職。『生きかた上手』はベストセラーに。(写真=山田 哲也)

 お年寄りに「長生きするな」と言っているのではありませんよ。人生の質を言っているのです。私は日本におけるホスピスの普及に力を注いできました。ホスピスでは、天から与えられた命を、最後まで質高く全うすることに重きを置きます。患者には「最期が来ましたよ」と自覚してもらい、「また天国でお会いしましょう」と家族とお別れしてもらいます。グッバイではなくシー・ユー・アゲインです。

 延命治療をやめれば、住み慣れた自宅で最期を迎える人が増えるでしょう。病院より、自分がずっと生きてきた場所で最期を迎えたいと望む人は多いのではないでしょうか。これを実現するには医者も患者も家族も考え方を改めなくてはなりません。死に抗うのではなく、死を受け入れる考え方が必要です。

 欧米ではこうした考え方の下、ホスピスや在宅医療の体制が整備されています。努力すれば日本でも、コストを抑制しながら医療の質を上げることは可能だと思います。そのためには教育から変えていかなくてはならない。

 ルネ・サンド(1928年に国際社会福祉協議会を設立したベルギーの医学者)は「国民の参与なくして国民の健康は作られない」と言っています。まず社会の中のいろいろな層の人々による協力体制を作る必要があります。「真の健康社会を作る」ことを国民の総意にしなくてはならない。

京セラ名誉会長稲盛 和夫83歳1955年鹿児島大学工学部卒、松風工業入社。59年京都セラミック設立。84年、第二電電企画(現KDDI)設立。2010年日本航空会長、同社の再建を主導した。(写真=山田 哲也)

稲盛:サンドの言葉は経営にも通じると思います。全従業員の参与がなければ良い経営は実現できません。

 私が再建に関わった日本航空(JAL)を例に取ればパイロット、客室乗務員から整備のエンジニア、荷物を運ぶ人、機内食を作る人、機内や空港を掃除する人まで、すべての人がそれぞれの役割をきちんと果たし、なおかつ自分の持ち場で収益を考えてもらう必要がありました。

 医療も同じだと思うのです。ドクターから看護師さん、食事を担当する人まで、医療に関わるすべての人が、どうすればコストを上げずに、患者さんに良い医療を提供できるか。皆で考えるところから始めたらいいのではないでしょうか。

 破綻前のJALには「安全のためならいくらお金をかけても構わない」という風潮があった。病院でも「医は仁術。算術ではない」と採算を軽視する傾向がある。

日野原:医療に対する国民の意識を変えるためには、上からお説教をするのではなく、実際に行動を起こして国民に見せることが大切です。

 私は2000年に「新老人の会」を立ち上げました。世界で一番早く長寿国となった日本の高齢者が、世界のモデルとなるべく、健やかで生きがいを感じられる生き方をしていただくための具体的な提案活動です。政府は75歳以上のお年寄りを「後期高齢者」と呼んでいますが、後期などと失礼な話です。これからはぜひ「新老人」と呼んでいただきたい。

 言葉は人々の意識を変える。日野原はかつて「生活習慣病」という言葉を定着させた実績がある。同じ疾患でも「老人病」と言われれば「歳を取ったのだから仕方ない」と考えがちだが、生活習慣病なら「習慣を改めれば予防したり、治したりできる」という意識が生まれやすい。「後期高齢者」を「新老人」と呼び替えることで、75歳以上の人々が前向きになれると考えている。

日野原:新老人の会は全国45カ所に拠点があり会員は現在1万2000人。75歳以上がシニア会員、69歳から75歳未満がジュニア会員、60歳未満はサポート会員です。私は会員を何とか2万5000人にしたいと思って頑張っているところです。会のモットーは愛し愛されること、創めること、耐えることの3つ。これを「生きがい3原則」と呼んでいます。

 老人だからといって、周りにしてもらうばかりではいけません。生物的な「老化」は避けられない現象ですが、自ら新しいことを創めていれば精神的な「老い」は避けられます。新しいことを創める高齢者を、社会は交わりの中に迎え入れ、温かい心で包み、彼らに役割を与えるのです。老人を廃車のように扱う国は、とても文明国家とは言えません。

病院の7割が赤字

 4月7日には長野県の善光寺で新老人の会のジャンボリーを開き、5000人が集まりました。とてもうれしかったですね。2012年にはフェイスブックのページも立ち上げ、わざわざ講演に足を運ばなくても私の話を聞いてもらえるようにしました。会員同士が素早くつながり新しい展開も始まっています。新しいことを創めるのは、とても大切ですね。

 日本の病院は7割が赤字。公立に限れば9割が赤字だ。4月13日に日本医学会総会が採択した宣言にも「医療制度の維持が難しくなりつつある」との文言が盛り込まれた。企業に置き換えれば、医療そのものが構造不況業種になっているようにも映る。

稲盛:中小企業の経営から始めた私は、「赤字を出してはいけない」という考えが体に染み付いています。中小企業は赤字を出したら簡単に潰れてしまいますからね。中小企業の経営者は収入が減ったらそれなりに支出を減らし、何とかして収益を上げることを考えます。しかし大きな企業は、1度や2度の赤字では潰れません。当事者意識を持ちにくい。経営者も従業員もいつしか、赤字に慣れてしまうのです。

 病院は制度で単価が決まっていますから、利益を出すにはみんながコストと真剣に向き合うしかない。赤字の病院の職員の方に、そのような意識があるでしょうか。

 破綻前のJALは、まさにそういう状態でした。大きな赤字を出しても役員や従業員は他人事のようにしていました。そこで私はまず、リーダーを集め、心の在り方を説くところから始めたのです。利他の心を持て。嘘をつくな。人生の目的は心を高めることにある。人間として、なすべきことは何か。親が子供にするような話を諄々(じゅんじゅん)と説いて回りました。

 京セラで私が編み出した独自の管理会計システム(アメーバ経営)も導入しましたが、何といっても、こうした哲学が浸透していったことで、JALの幹部、社員は自己犠牲を厭わないようになりました。みんな他人のために喜々として働くようになり、それにつれて業績もみるみる向上していきました。

 利他の心に徹していると、人間の力を超えた「他力の風」を追い風のように受けることができます。しかし、その風を捕まえるためには常に自分の心を美しく磨き、しっかりと「利他の帆」を張っておかなくてはなりません。利己まみれの心では、他力の風を捕まえることはできません。

日野原:日本航空には乗りたいと思いますね。サービスが良くなりましたから。飛行機の食事は日本の航空会社が一番です。

稲盛:それはそれは。ありがとうございます。確かに機長がいなければ飛行機は飛べないし、ドクターがいないと治療はできない。しかし、ドクターや機長だけが特別ではない。全員が頑張らないと良いサービスや良い医療は提供できないはずです。

 皆さん、既にお気付きになっているかもしれませんが、最近は自分の言葉で気の利いた機内アナウンスをする機長が増えています。変われば変わるものです。

「利益を患者に返しなさい」

 2010年1月に会社更生法の適用を申請したJAL。負債総額2兆3221億円。事業会社としては戦後最大の倒産である。2010年2月、稲盛はそのJALに会長として乗り込んだ。複雑な労使関係や政治とのしがらみを持つJALの再建は極めて困難と見られており、当初は2次破綻を懸念する声もあった。

 しかし稲盛は、わずか2年半で再上場を実現した。「安全を確保するためなら、いくらコストをかけても構わない」と考えていたJAL幹部に稲盛は「利益がなくては十分な整備もできないし、新しい機体も買えない」と繰り返し説き、コスト意識を植え付けた。

日野原:病院経営にも、もっと自由があっていいと思います。日本の国民皆保険は世界に誇るべき制度ですが、医療サービスが画一的になる必要はありません。例えば、お金を出せる患者には、広くてきれいな個室に入ってもらい、おいしい食事を出して高いお金を取ればいい。そうやって稼いだお金で、貧しい人は安く治療してあげればいいのです。日本の医療制度は硬直的過ぎて、こうしたことが自由にできない。

 最初にお話しした延命治療が最たる例ですが、医療を営業だと勘違いしている医者が多いのも事実。高額納税者には医者が多いでしょ。利益を患者さんに返しなさい、と僕は言いたい。

(写真=山田 哲也)

 世界一の長寿国で75歳以上を「後期高齢者」と呼ぶ矛盾。高齢者をお荷物扱いする考え方では、未来を切り開けないと賢人たちは説く。避けられない少子高齢化の中で医療の質をどう高めるか。次章では、40年前から高齢者医療に取り組んできた1人の医師にスポットを当てる。

日経ビジネス2015年6月1日号 24~26ページより

この記事はシリーズ「特集 日本の医療を救え」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。