私は日本電信電話公社(電電公社)に勤めていた1960年代に、フルブライト奨学金で米国に留学しました。米国に行って、大きなことをして、自分も成長したいと思っていました。ただ、心の片隅には、巨大企業・電電公社の技術者として米国に来たんだという思いも抱いていました。