PROFILE
日本サッカー協会最高顧問。首都大学東京理事長。1936年大阪府生まれ。早稲田大学在学中に日本代表に選出。古河電気工業に入社後、64年には東京五輪出場。91年、Jリーグ初代チェアマンに就任。

「『対岸の火事』はもはや
 あり得ない。内外の動向を探り
 最悪の事態に備えよ」

 武器を持たない黒人少年を白人警官が射殺した米ミズーリ州の事件で、地元の大陪審は警官を不起訴にする判断を下した。「人種差別だ」と反発する住民の一部が暴徒化、抗議デモは全米各地へと広がっている。

 Jリーグも今季、無縁と思っていた人種差別の問題に直面した。浦和レッズの一部のサポーターが試合会場に「JAPANESE ONLY」と書かれた横断幕を掲げ、クラブはこの横断幕に気づいていながら、試合終了後まで放置していた。Jリーグはこれを重大な問題と見て、実行者には無期限の入場禁止、クラブにはJリーグ史上最も重い「無観客試合」の制裁を科した。

 サッカーはグローバルなスポーツだ。ボーダーレスになった今、世界のサッカーの現場で起きている出来事は、もはや「対岸の火事」ではない。即座に日本国内に飛び火する。最近では、インターネットなどを使った違法賭博による八百長も、スポーツの尊厳を脅かす深刻な問題になっている。

 Jリーグ立ち上げの頃、参加団体のトップとともにイングランドやドイツなどサッカー先進国のスタジアムを見て回った。

 当時、欧州ではいわゆるフーリガンが社会問題化していた。どのスタジアムにも、全席を監視できる防犯カメラが設置され、泥酔して暴れる客などを収容する鉄格子のおりまで設置されていた。試合ごとに、予想される観客数に見合った人数の医療チームが配置され、観客の安全確保と最悪の事態に備える態勢が取られていた。

 当時はまだ日本のサッカーは人気がなく、スタジアムは閑古鳥が鳴いている状態だった。サッカー先進国との彼我の差を感じはしたが、Jリーグがあれほどの人気を博すとは予想していなかった僕ら関係者は「そこまでの対策は必要ない、むしろ、盛り上がって大騒ぎしてくれたら御の字」とすら思っていた。

 同じ時期にマレーシアのサッカーリーグでは八百長疑惑が浮上した。こちらも、当時の関係者の大半は、日本では起こり得ないと高をくくっていただろう。だが、サッカーくじ「toto」の導入が水面下で検討されていたことを知っていた僕は、試合操作などがあればリーグ全体の信用が失墜すると危惧した。

 対策として、Jリーグの規約に「最強のチーム(ベストメンバー)による試合参加」を盛り込むことを提案した。「何をもってベストメンバーと定義するのか」と異を唱える者も多かったが、精神条項としても抑止力にはなると考え、反対を押し切り明記した。

 今では、日本は試合操作の可能性を事前に検知する「FIFA(国際サッカー連盟)早期警告システム」をアジアでいち早く導入。選手など関係者への啓蒙や、FIFAや国際刑事警察機構(INTERPOL)、国内の関係当局と連携する体制も構築している。

 日本サッカー協会の会長時代には、ワールドカップ(W杯)出場を逃した場合に収入がどれだけ落ちるのか、その影響にどう対処し、どの事業の予算を削るかを絶えずシミュレーションしていた。東日本大震災が起きる前だったが、もし甚大な災害が発生した際、リーグ戦を中断して復旧に手を尽くすといったことも想定していた。

 現状に潜むリスクを予測して、それが顕在化した場合の影響に備えるのは当然のことだ。しかし、グローバル化が進む現代では、定石を当てにしても通用しない事態が起こるだろう。その先の最悪の状況までも想定して、どう立て直すか。日頃から国内外の動向を探って危機に備えることが、リスクマネジメントの要諦と言える。

日経ビジネス2014年12月22日号 162ページより目次

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