全体としては豊かな米国だが、貧困の中で暮らす子供の割合は先進国の中では最も高い。国内の所得格差が拡大し、貧困層の子供は教育や医療の面で平等な機会さえ与えられない。しかし、格差拡大の流れは適切な政策により逆転可能だとスティグリッツ氏は訴える。

ジョセフ・スティグリッツ氏
1943年米国生まれ。米アマースト大学卒、67年米マサチューセッツ工科大学で経済博士号取得。95~97年クリントン政権で大統領経済諮問委員会委員長、97~2000年世界銀行のチーフエコノミスト。2001年にノーベル経済学賞受賞。現在は米コロンビア大学経済学部教授。2011年に米誌「タイム」の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれる。『世界の99%を貧困にする経済』など著書多数。

 子供が特別な存在であることは、昔から認識されてきた。子供は親を選べないし、もちろん生まれてくる環境も選べない。

 大人と同じように身を守る力も、自分の面倒を見る力もない。だからこそ、1924年に当時の国際連盟は「児童の権利に関するジュネーブ宣言」を承認し、89年に国際社会は「子供の権利条約」を採択した。

 だが、残念なことに、米国はその義務を果たしていない。実際、この条約の批准さえしていないのだ。

 チャンスに恵まれている国というイメージを大切にする米国であるならば、率先して子供を公平かつ賢明に扱う模範となってしかるべきだろう。ところが米国は、それどころか失敗の象徴となり、世界の舞台で子供の権利の足を引っ張る側に回っている。

米では1500万人の子供が貧困

 米国の子供が置かれた状況は、平均で見れば世界最悪ではないかもしれない。しかし、この国では、富と子供の環境のアンバランスが著しい。米国の貧困人口は総人口の約14.5%だが、子供に限れば19.9%、数にして実に約1500万人もの子供が貧困の中で暮らしている。

米国の子供の貧困率は19.9%と、英国より6割高く、北欧諸国の4倍に上る(写真=Alamy/アフロ)

 子供の貧困率で米国を上回るのは、先進国ではルーマニアだけだ。米国の子供の貧困率は、英国より6割以上高く、北欧諸国の4倍にも上る。一部の子供については、状況はもっと悪い。黒人では38%以上、ヒスパニック系では30%の子供が貧困の中で暮らす。

 米国民が子供を気にかけていないということではない。こうした事態に至った原因は、米国が過去数十年にわたり取ってきた政策が、経済的格差を大幅に拡大してきたことにある。その結果、社会の最も脆弱な層がますます取り残されてしまったのだ。

 富の集中が進み、しかも富裕層に課される税が大幅に軽減されたため、教育や児童保護といった公益分野に投じられる資金が減少した。結果として、米国の子供の生活レベルはますます低下した。

 経済学者や、国際通貨基金(IMF)をはじめとする国際機関は、格差が経済の成長と安定を損なうということをようやく認めようとしているが、それだけではない。格差は、公平な社会とはどのようなものかという、我々が特に大切に抱いてきた観念をも破壊している。米国の子供の運命は、その痛ましい象徴となっている。

先進国で最も機会が不平等

 所得格差は、健康状態や教育の機会、危険な環境にさらされる度合いなどにおいて相関関係にある。いずれも、とりわけ子供に対して重大な影響を及ぼす。実際、米国の貧困層の子供では、ほぼ5人に1人がぜんそくと診断されている。この割合は、それ以外の層の子供に比べて60%も高い。

 学習障害の発生率も、年収3万5000ドル(約420万円)以下の世帯の子供では、年収10万ドル(約1200万円)以上の世帯の2倍近くなる。

 米連邦議会の一部議員は、現在米国の約2300万世帯が食費の補助として利用しているフードスタンプを削減しようとしている。最貧困層の子供たちを飢えさせかねない案だ。

 結果として生じるこうした格差は、機会の不平等と密接に関連している。子供の栄養状態が好ましくなく、医療や教育も不十分で、危険な環境にさらされやすい国では、貧困層の子供の将来の見通しは必然的に富裕層の子供とは大きく異なるものとなる。

高等教育に近い予算が社会更生費に
●カリフォルニア州政府による主な一般歳出の内訳
注1:刑務所や少年院といった社会更生施設の関連コスト/注2:その他は、ビジネス、消費者向け各種サービス及び住宅、交通関連、税控除、米環境保護庁向けなど一般歳出に占める比率が1%以下の歳出を指す(出所:カリフォルニア州財務局)

 米国は、子供の将来が親の所得と教育に左右されるという傾向が、ほかの先進国に比べて強い。そのこともあり、米国は今では、先進国中で最も機会が不平等な国となっている。例えば米国の名門大学では、所得が中央値以下の家庭で育った学生はわずか9%程度しかおらず、所得が上位25%の家庭の学生が74%を占める。

 ほとんどの国の社会は、若者が能力に応じた暮らしができるようにすることを道徳的な義務と見なしている。憲法で教育の機会均等を定めている国さえある。

 しかし米国では、裕福な学生の教育にかけられる予算の方が、貧困層の教育予算よりも多いのが実情だ。その結果、米国は最も価値ある資産を少なからず浪費している。技術を身に付けられなかった若者が、非社会的な行動に走るのだ。カリフォルニア州など米国の一部の州では、高等教育と同程度の予算が刑務所などに使われている。刑務所の方が多いところさえある。

政策で格差是正は可能

 小学校への入学前、できればごく幼い頃から教育を始めるなど、格差是正の手立てを考えない限り、子供が5歳になる頃には、機会の格差により生涯にわたる不平等な結果が決まってしまう。政策による対応を急ぐべきだ。

 格差がもたらす悪影響は広汎に及び、経済と社会に莫大なコストを課す。だが実は、格差はおおむね避け得るものである。一部の国に見られる極端な格差は、決して、経済の力や経済法則が生み出す冷酷な結果ではない。

 社会のセーフティーネット(安全網)の強化、累進課税、規制(特に金融分野)の適正化、そのほか多くの適切な政策を実施すれば、この破壊的な流れを逆転させることは可能である。

 こうした改革に求められる政治的な意思を生み出すため、我々は無気力で怠惰な政策立案者たちに、格差の恐ろしい現実と、それが子供たちに及ぼしている途方もない悪影響とを突き付けなければならない。

 子供から奪われているものを取り戻し、機会の均等を拡大することは、可能である。そうすることで、より公平で豊かな未来の基礎を築くことができる。それは、我々自身が公言する価値観を反映した未来だ。そうしない理由がどこにあるだろうか。

 格差が経済、政治、社会にもたらす害悪の中でも、子供が被る不利益には特別な注意を向ける必要がある。貧困の中で暮らす大人は、その運命に何らかの責任を負っている。一生懸命に働かなかったのかもしれないし、必要な貯蓄をしなかったのかもしれない。あるいは判断を誤ったのかもしれない。だが子供が育つ環境は、何の選択の余地もなくその親にかかっている。

 子供たちは、恐らく誰よりも保護を必要としており、彼らには守られる権利がある。米国は今後、それが意味するところを、身をもってはっきりと世界に示していかなければならない。

国内独占掲載:Joseph E. Stiglitz © Project Syndicate

日経ビジネス2014年12月22日号 150~151ページより目次

この記事はシリーズ「世界鳥瞰(2014年12月22日号)」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。